表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/11

土地を守る男の話

土地を守る男の話


前を向いて歩いてきた。

後ろを振り返ることも、横に歩く人を引っ張ることも、引っ張られることも、前を歩く人に怒られることも沢山あるけれど、どんなことがあろうと前を向いていた。前向きという意味ではない。ただ、己の信ずるものを通すために、前を向いているだけだ。前を向いていなければ、と。それを真っ直ぐに見つめ続けていなければならないと、そう思ったからだ。


短刀を懐から取り出す。豪奢な柄が刻まれたそれは、幼い頃に祖父が楓に渡したものだと言う。なんでも、生まれた時から傍に置いていたとか。赤子の傍に短刀を置く祖父の考えはよく分からないが、この短刀は楓を「主」としているらしい。


スラリと抜き放つと、刀身はぬらりと光を跳ね返す。この刀の名は朱椛もみじ。その刀身は、音を吸い取るほどの切れ味、紅葉が地に舞い落ちる音が鮮明に聞こえる程の、静けさを呼ぶという。

ふっと前を見ると、十代半ばか、後半に見える青年が膝を突き合わせるように此方を見詰めている。


「主。…俺を抜くのは久方ぶりだな」


少し長めの黒髪で右目をかくした着物姿の男は、表情を変えずにそう口を開いた。その様子を見ながら、再び刀を鞘に納め、二人の間に置く。


「お前は懐刀だからな。出番は少ない方がいいだろ」

「そうだな。出番など無い方が良い。…うるさくない」

「……お前こそ珍しいな。起きているなんて」


刀の性質故か、性格ゆえか、彼は騒がしいことを酷く嫌う。それから、普段は眠りについていることが多かった。お互いに珍しい行動をしている。ふっと笑うと、訝しげな顔を向けられた。


朱鷹あきたか家。楓の生まれた、ある地方の土地を守る一家でもあるこの家は、先祖を辿ると鬼の一族に行きつくのだと言う。それは伝説か、まことかは分からないが、その鬼の一族には懇意にしている刀匠がいた。その刀匠が打った刀を一族は大切に扱っていた。今も刀匠の子孫と朱鷹家は懇意にし、関係が続いている。


刀匠、十朱とあけ。十朱家が打った刀たちには、刀匠の力によって意志が宿り、このように時折人型となって現れるらしい。実際、楓や妹の桐の目には刀たちの意志が幼い頃から見え、話すことが出来ていた。幻覚ではないか?と言われればそれまでだが、見えているのだから仕方が無い。


「…主、お前は息苦しくはないのか」


ふっと、朱椛が楓に問う。急になんだ、と問い返すと、その生き方は人の子には重いだろうと静かに返される。その言葉に、少し笑った。


「俺は朱鷹が好きだ。この朱鷹を、朱鷹が守る地域を守りてぇ。そのためには、それ相応に強く在る必要がある。俺が望んで、求めてきた生き方だ。息苦しいと思ったとしても、それは必要な息苦しさに違いねぇよ」


膝を打って、に、と笑うと、朱椛は軽く息を吐き、本当に主は変わった人の子だな、と静かに呟く様に言った。


「お前は家の為なら躊躇わず死ぬのだろう」

「ああ」

「たとえ最愛の人が出来たとしても、それは変わらぬのだろうな」

「そこを変えたら朱鷹 楓じゃなくなるだろうな」


返し、朱椛の顔を見据えた。変わらない表情、湖面のように揺らがない瞳。しかしそれが、少しだけ笑った。


「よい主だな」


そう朱椛は囁いた途端に消え、部屋には楓一人となった。


「……最期はきっとお前と一緒なんだろうさ、朱椛」


呟いた声は、眠った朱椛には聞こえたか、聞こえなかったか。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ