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人魚姫を飼う男

人魚姫を飼う男の話。


水温は20℃程度が望ましい。


水はカルキを抜いて空気を混ぜ、そして少しの薬を混ぜた特別なものがいい。気温を25℃程度に安定させられる部屋、特に景色のいい場所がいい。きっと彼女も昼間の景色の見通しに驚き、夜間の夜景の美しさに目を輝かせることだろう。


そう、全ては彼女のため。彼女が快適に幸福に安らかに生活をするため。


「ーーああ、君は美しいね。お姫様」


大きな四角い水槽は、太陽の光を反射して煌めいている。波紋をつくる水はゆらゆらと彼女の髪の毛をゆらし、柔らかな水は艶めかしい彼女の肢体を包む。


この手で触れたい、掻き抱きたい、叶うのならば口付けを。望むだけならば彼女に何でもしたかった。傷つけることも甘くすることも優しくすることも怖くすることも、彼女の肢体を表情を感情を楽しめるのならなんだって。

しかしこの指で触れられるのは、頑丈な水槽のガラスのみ。コツコツと音を立てるガラス越しに彼女の体を撫でるように指を動かした。ゆっくりと、丁寧に。


「君ほどの美しさを備えるものなどこの世にはない。ああ、断言しよう。他にはありえない、君は僕にとって何にも代え難い宝であり美であり生だ。心を震わすファクターであり、栄養だ。君がなければ文字通り僕は生きられない、君がなければ首を切って即座に血を散らせて見せよう」


大仰に手振りをつけたところで、彼女はただこちらを見るだけでなにも反応しなかった。いつも通りだ。肩を竦めて腰を下ろし、安楽椅子をぎぃこぎぃことゆらす。開け放たれたカーテンの向こう側からは見晴らしのすばらしい都会が見える。


君にははじめての光景だろう?と彼女に問うと、彼女の指がゆらりと動いた。


「そうだろうそうだろう。楽しいか?うれしいか?君が嬉しいならば僕も嬉しい」


深藍の、ゆるくパーマのかかった滑らかな髪の毛を水中にゆらしながら、彼女はゆらゆらと揺れる。きらきらと光を反射する尾は髪の毛と似た系統の色で構成され、まるで夜空のようだった。鱗一つ一つが磨かれた宝石のように輝き、尾一つとっても一級の美術品であるとも言えた。


彼女は美しい。この世の何よりも。髪の毛も白い肌も赤い唇も宝石のごとき尾もやわらかなラインと明確なくびれが織り成す肢体も。


「君はこれからここで暮らすんだ。ーー君は、世界一の幸せ者だな」


男は、彼女にガラス越しの口付けをした。

彼女はそれでも、ゆらゆらと揺れ続けている。光と水と共に、きらきらと、ゆらゆらと。


宝石に見える鱗の尾と共に、ただ、朽ちるまで。


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