第90話 共有
騒動を収めようと、フロルが片言の東方語で門衛や血気盛んな住民に説明をしているが、フロル自身が混乱しているようで埒が明かない。
あとから息を切らしてやってきたタルガットに対応を任せて、騒動の元を屋敷に連れ帰った。トゥイースにも入街審査のようなものがあるのだろうが、うやむやだ。
「それで、師叔ガイウス」
「やめてちょうだい! ワタシの先代とラケーレがほぼ同い年なのよ! トーマちゃんとワタシは同世代みないなもんなんだから、ガイウス姉さまと呼びなさい」
『飛翔のガイウス』の容姿は異様であった。≪書庫≫ではまともだったのに、肩まで伸ばした髪の毛は夏草のように鮮やかな緑色をしている。
「……ガイウス。ここに来た目的はなんだ」
「それはもちろん、クローヴィスとかいうおじさんをヤるためでしょ!」
ガイウスはなにか変な手つきをしてそれを下から突き上げた。
「トーマ、この人知り合いなの?」
「会ったのは初めてだけど、一門の幹部だよ。つまり、味方なんだけど……」
何とも言えない表情のラウラから視線をガイウスに戻す。
「一緒に戦ってくれるのはありがたいんだが、どうやってここに来たんだ? グロロウの追手をここまで引き連れてきたり、してないだろうな?」
「大丈夫じゃない? 夜中に見張りをぶちのめしてあの橋を渡ってきただけだし。謎の美人が橋をタダで使ったって話にしかなってないはずよ」
「そうか。じゃあ俺がここに居ると知った理由は」
「知らなかったに決まってるじゃない。土橋村の生き残りと共闘する気だったの。途中の街全部しらみつぶしよ」
「なるほど」
「来てみてびっくりしたわぁ。トーマちゃんも元気でクローヴィスと戦うつもりだなんてね。書庫のお顔は生死の境って感じだったし」
≪書庫≫に遺言のようにクローヴィスの情報を書き残してトーマは死んだ、そう思っている者もひょっとしたら居るのでは。
師匠にはちゃんと、生きていることだけでも伝えた方がいいかもしれない。
「書庫内の話し合いは最近何も動きが無いが、一門はクローヴィス打倒のために動いていないのかな」
「じゃない? 書庫ではジジイどもが結論の出ない話を繰り返すばっかりで、バカバカしいからワタシ一人で来ちゃった。壊されちゃってからでは遅いのにねぇ」
「つまり一門の者とは実際には会わずに、一人で来ることを決めた、と」
「そういうこと。ちょっと前までワッセニーの北部都市でお弟子ちゃんを求めて『たま起こし』に励んでたんだけど、トーマちゃんの書き込みを読んで、19日にこっちに向けて出発したわ」
19日は5日前である。トーマなら雪のない季節、ワッセニーからチャルバット山脈の裂け目を通ってもグロロウ到着まで6日かかる。
それに加えてアクラ川東岸の人里をしらみつぶしにしているというのは、さすが『飛翔のガイウス』と言ったところか。
ラウラの後ろに隠れ気味にしていたフロルがおずおずと顔を出した。ガイウスの方を見ないようにして、トーマに向かって話しかける。
「あの、書庫の賢者の幹部さんならこの人に『雷光』を使ってもらえばいいのでは?」
「あらぁ? ダメな子ね。あなたも【賢者】保有者なら出会った相手はすぐ魔眼で看破する癖をつけなさい。ワタシはシルフェ一筋よ」
ガイウスの精霊適正は風のみで、階梯はたぶん46だろう。貴重な魔法巧者の参戦はありがたいが、もちろん『雷光』は使えないしクローヴィスに対する決定打にはならない。
「七賢って単精霊適正でもなれるんですね……」
「もぅ失礼しちゃう。怒涛のアルスランだって水精霊だけよ? ダメな子ちゃんと一緒。あんたもおデブになるのかもね」
フロルはラウラの後ろに完全に隠れてしまった。心を閉ざした顔をしている。
街の役人をつれてタルガットが帰って来たので、トーマは今日の分の鍛錬を始めることにした。
ガイウスも屋敷に一部屋もらって滞在することになった。
「クローヴィスと戦うのはアクラ川源流域で」という方針には賛成している。
翌日の鍛錬。薪の量を増やし、40キーラムをパンパンになるまで背負い袋に詰め込んで街を3周してきた。
手足の筋肉は少ししか増えていないが、持久力はだいぶ戻ってきている。この調子であと7日か8日、鍛錬を続ければ遠征大隊を追跡するラウラたちと行動を共にできるだろう。
部屋に戻るとペトラシュが待っていた。
「どうした? 二重詠唱を使えるやつが見つかったか?」
「それなんだがな、ちょっと見てほしいものがあるんだ」
「ん?」
ペトラシュに連れられ中庭に出ると、そこにはラウラとガイウスも居た。雪が除けられて地面がところどころ見えている。
トーマが最近鍛錬で使っている大きな岩。それを肩に担いだ上半身裸のディルが脚の屈伸を繰り返していた。雪がちらちら降っている中で隆々とした肉体が汗できらめいている。
「……なんでこれを俺に見せたいんだよ」
「これじゃねえよ。いや関係はあるんだが、まぁ見てろ」
汗だくのディルの首にペトラシュが腕を巻き付け、ディルもまた同じようにした。密接に肩を組んだような態勢。
「いくぞ」
「おう」
「「せーの」」
二人は目を閉じた。4秒ほどだろうか、そうしていると一瞬にしてディルの体の汗が真っ白な霜になり、二人を風が取り巻いて霜と混じり、モヤとなって体を覆い隠す。モヤの回転は加速し、中から青白く輝いた。
「……」
「……驚いたわね。これ、『雷光』よね?」
靄から稲妻が放たれることは無く。数秒で空中に霧散して消えた。
双子は肩を組んだまま座り込んでいる。
「なっん、だ! これ!」
トーマは双子に駆け寄って両手を戦慄かせた。
「なんだこれ! ありえない! もう一回やってくれ!」
「バカ言うな、マナ切れ寸前だ」
「……吐きそう」
改めて「魔眼」で確認してみてもディルが水精霊に対して適正『良』。あとは『不可』。ペトラシュは風精霊に対して『良』。あとは『不可』。間違いない。
「どういうことだ⁉ なんで複合精霊魔法が使える⁉ というか発声詠唱してなかっただろ!」
「トーマが言ってただろ、同時に詠唱することで発動させるって。俺が風精霊に唱えて、ディルが水精霊に。そうやってみた」
ディルは黙って頷いている。『マナ出力』はディルが少しだけ小さいのでマナ切れを起こしているのだろう。
「聞いたことが無い現象だ。捧げるマナは同質のものでなければ2種の精霊が協調してくれるはずがない。性質が違うからこそ同調適性が違うんじゃないのか??」
「同調適性はマナの質だけじゃなく、『魂の器』を通して精霊に渡すときに決まるのかもね」
「双子だから元々のマナの質は同じだと?」
「んー…… どうなのかしらね。お勉強苦手なのよ。トーマちゃんの方が詳しそう」
ペトラシュが肩を貸して兄を立ち上がらせている。2本の指が動かない右手でペトラシュの肘をつかんでトーマは訊いた。
「なんでそういう発想に至ったんだ? いつから訓練していたんだ?」
「『風纏・縁』を使うとき、一緒に風を纏わせたい相手の手を握るだろ? ディルと使うときだけ、マナの減りが遅いって思ってたんだよ。俺を通じてディルのマナも風の精霊が食ってるってことじゃねぇか、と」
「なるほど……」
「とにかく、今は最後まで行かないがもう少しだけ階梯が上がれば使えると思うんだよな」
「……あー、悪ぃ。俺がもうちょっと『マナ出力』あればな。トーマからみんなに頼んでもらえねぇかな。31階梯格あたりの魔石ゆずってもらえるように」
ラウラが「そんなのアタシが請け負うに決まってるでしょ」と二人の胸筋をぶっ叩いた。『マナ出力』ももちろんだが『マナ操作』もあまり高くないので、高度な魔法に対して浪費が起きているのだろう。ともかくペトラシュはマナ切れ寸前に収まっているようだし、あと一つか二つの階梯上昇で発動まで持っていけるはずだった。出発までに十分間に合う。
「すごいわよねぇ、これ。研究して発表したらデュオニア国立魔法研の副所長くらいには成れるわよ」
「二人を研究したいなら、事が終わってからにしてよ?」
ラウラが他人事のような感想を漏らした。双子の『雷光』はまだ分からないではない。仮説段階だがいろいろ説明はつく。
このラウラのでたらめ魔法の方が研究対象として謎だった。
「ラウラは自分の『魂の器』を、変な魂起こしができるだけで能無しと一緒と言っていたが、実は精霊と意思疎通する力もあるんじゃないのか?」
どうせ見ればわかるので、ガイウスにラウラの秘密はおおかた話してある。
一子相伝であることが分かり重要度は下がったが、それでも信頼できる『七賢』とは情報を共有しておく方がいいからだ。なのでこの会話を聞かれても問題は無い。
「違うんじゃない? アタシの地魔法が変なのってトーマのせいだと思うけど」
「なんで俺のせい?」
「トーマに魔法習ってから、他の人にも教わろうとしたことあるんだ。誰に聞いても『まずは呪文を繰り返し唱えろ』って言うんだよね」
トーマも最近はそれが一番早いと経験から分かっていた。シャラモンに『風纏』を教えた時もそうしている。
「精霊力の根源がどうとか、呪文と精霊現象の認識の合致とか言うのはトーマだけだよ。言われた通りに『土槍』ばっかり何年も使ってたら、そのうち何となく地精霊に気持ちが通じるようになってたよ」
「じゃあ、やっぱり今は呪文を使ってないのか?」
「そうだね。気持ちを通じ合わせて、マナを捧げて頼むだけ」
ボリスが顕現精霊魔法は鍛錬次第で誰でも使えると言っていたのを思い出した。
「別に不思議はないんじゃない? 地精霊力を使う地竜だって呪文を唱えたりしないでしょ?」
竜を例に出して自分を説明する、世界にたった一人かもしれない希少不明種の『器持ち』。
ラウラは首を振って赤毛に積もった雪を払い飛ばした。




