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第88話 暖炉

 冬の間にクローヴィスと戦うという結論に達したのはよかった。それはいいのだがトーマには聞いておきたいことがあった。


「ここに居るのは全員武技系だよな? 村の戦力は30人以上居ると思ったけど、魔法が得意な人は居ないのか?」


 矢倉塔を作った時に地精霊に適性が高い者が5人居たが、この場にその5人は居ない。それに使っていたのは基本的マナ・精霊力運用であって魔法使いという感じでは無かった気がする。


「おらは魔法使えねぇだ」

「戦ってる最中に呪文唱えるなんてなぁ」

「殴った方が早ぇ」


 トーマがこめかみを抑えていると、ラウラが横から「アタシ得意だけど」と言ってくる。でたらめ魔法のラウラはこの際関係ない。

 胡坐で座ったまま移動してペトラシュが寄って来た。


「何が言いたいんだ、トーマ。戦闘魔法を使えない俺たちは役立たずだって?」

「そうじゃないんだが、この魔法を使える人間が居ないかと思ってな」


 トーマは呪文を書き込んだ東方産の植物紙をペトラシュに見せた。本来精霊呪文は共通文字でその発音を正確に表せないのだが、養成所で基本的な文法と魔法を習っている双子なら理解に問題はないはず。


「字が汚すぎるだろ」

「左手で書いたんだよ」

「水魔法と風魔法、だよな? どっちも要るのか?」

「これは一つの魔法だ。同時に詠唱する」

「?」


 書いてあるのは『雷光(イカヅチ)』の呪文だ。トーマ自身は水精霊適正が無いので使えない。使えない魔法だが師匠を象徴する魔法なので覚えていたし、一応≪書庫≫で確認もした。

 トーマが複合精霊魔法と二重詠唱の説明をしていると、ディルも寄ってきて話を聞いていた。



「口で呪文を唱えながら頭でも唱える? なんだよそれ」

「そもそも俺たちは1種類にしか適正が無ぇしな」

「村で二重詠唱が出来そうな者は?」

「養成所で魔法専攻だった奴なら、出来るのかもな」


 別に秘匿された技術ではない。ボリスは使っていたしグロロウでも複合精霊魔法は普通に使われているはずだ。

 トーマも実践で使えるほどになるのに3年かかっているので、水と風両方に適性がある者が見つかっても二重詠唱を既に身に着けていなければ意味がない。決戦はこの冬の間なのだ。


 土橋村の戦士たちは避難しているそれぞれの寝床に帰っていき、「使えるやつを探してみるぜ」といって双子も出て行った。

 なぜかタルガットがいつの間にかいたので、二重詠唱と精霊適正の事を説明してタルガットにも探してもらうことにする。関わり合いの無い東方人でも雇えるなら傭兵として雇いたかった。精霊適正だけでいえば例の医者も候補ではあった。




 翌朝トーマは目を覚まして寒さに驚いた。室内なのに吐く息が白くなる。鼻の頭が氷のように冷えていた。

 (かわや)へ行き、帰りがけに調理場に居たマラヤナに「今日は一段と冷え込むね」と声をかけた。


「そうだねぇ。グロロウじゃ今からひと月くらいが一番厳しいけど、ここでもそうなのかしら。でも昨日の朝もこんなもんだったよ」


 考えてみれば薬を飲んでいた間は昼過ぎになるまで目を覚まさなかったので、トゥイースに来てから朝に目が覚めるのは今日が初めてだった。「朝ごはんの後で暖房を点けてあげるから」とマラヤナは料理を再開する。今朝の主菜は汁物のようである。




 なぜかトーマの部屋でタルガットとその部下。ラウラと4人で朝食を摂っているトーマだった。

 床板に尻布団を敷いて座り、一人用の極小の卓がそれぞれ目の前にあり、朝食はその上に置かれている。


「なんでだ?」

「ワタシ、ここに滞在スルようになってからは、マラヤナさんノ作る朝食を食べていマスよ?」

「アタシは夕ごはんもそう」

「食堂は無いのか、ここ」

「ナイですね。マラヤナさんに各部屋それぞれに配膳シロって言うのは気が引けマス」


 常人(つねびと)のタルガットにとっては少し寒すぎる室温だろう。毛皮を着こんでいるが震えている。

 親指大の小麦の練り物が茹でて入れてあるタツノコモドキ肉の汁を食べ進めるうちに体が温まってきた。タルガットもうまそうに飲み切って元気が出てきたようだ。


 マラヤナが注ぎ口のついた大きな金属容器を持って部屋に入って来た。応急的に設置されている移動式暖炉の下部の蓋を開けて、金属容器の中身を注いでいる。


「その暖炉、油で燃やしてたのか。石炭とか薪じゃなく」

「そうデス。ワタシの故郷の特産で、西の言葉なら鉱油と呼びマスね」

「マラヤナ、ちょっと見せてくれ」


 マラヤナに近づいて金属容器を受け取る。蓋を開けてみると真っ黒な油だった。粘性が高い。


 石炭を右手で握り砕くことが難しくなったトーマにとって新しい媒介の可能性を探るのは重要であった。木材でもいいのだが使い勝手は石炭の方がよかった。

 注ぎ口に親指を当てて中身が出ないようにし、逆さにして残っている油を指に触れさせる。

 マナを流して火精霊に同調させる。


「気を付けてクダサイね。それ石炭よりヨク燃えるので」

「おっと」


 うっかり火をつけるところだった。気化を始めた油が蓋を開けた口から溢れてくる。鼻をつく臭いがするので右手の平で口をふさいだ。


「……ん?」

「どうしたの? トーマ」

「この油…… やっぱりだ。圧力を加えると地精霊とも同調するんだよ」

「ほんと?」


 金属容器を床に置き、ラウラに上の口を押えさせて、トーマは注ぎ口で油を気化させる。容器の内圧が上がっていく。


「気体なのにアタシのマナが通るね」

「精霊力も宿ってないか?」

「それは…… どうだろ?」


 注ぎ口から人差し指を突っ込んで、底の油に触れてさらに激しく気化させる。内圧が高まり、指が押し出されそうになるのを無理に抑える。


「あ、本当だ! 地精霊力だよね⁉ これ!」

「だろ? こんな小さい容器で地精霊力を、というか火魔法の媒介なのに。何でだろう? なんでだ? タルガット」

「ワタシに魔法のコトを聞かれても…… ただ、鉱油は深い地の底カラ湧いてくるモノですから、地面とアイショウがいいんじゃないデスかね……」


 石炭も石のようなものなので、風呂樽くらい大きな容器に詰め込めば地精霊力が宿る気がする。それよりもずっと小さな容器でそれを発生させられる鉱油はとても面白い媒介だった。


 深淵不可思議な精霊現象の妙に楽しくなってラウラと二人で圧をかけたり抜いたりして遊んでいると、容器の注ぎ口の接続部が裂けてしまった。

 噴き出した鉱油が飛び散ってしまい、マラヤナとタルガットに怒られた。

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