第77話 美食
グロロウには南門と西門しかなく、西門は普段閉鎖されている。
南回り交易路を開拓したクローヴィスの功績を称えるために建て直された南門が正門とされ、住民も、様々な用事で訪れる旅人も南門を使う。
門全体の高さは10メルテほど。防壁よりも少しだけ高い。
しかし外側と内側で二重になっている門扉自体は高さも幅も2メルテ半程度の小さなもので、荷車と出入りしようとする者が中でかちあっている。
厚く塗料が塗られ、見ただけでは分からないが聞いた話では門扉は鉄製らしい。
鉄鉱石ならともかく精錬された金属に対しては、異能のマナ以外を流すことが出来ない。
魔法で門扉を破壊するのは難しいだろう。溶かして穴をあける事ならトーマにもできるが、さすがにその灼熱した穴から出入りするのはごめんこうむりたい。
10日目の勤務を終えて、トーマは南門に隣接する入国審査所から中央区へ至る道をたどる。目の前にはそびえ立つ灰土建築の尖塔。
装飾も何もなく、形状は『土槍』で形成される尖った土塊に似ている。根元の太さは直径で5、6メルテもあり、高さは30メルテもある。
見張り台兼矢倉塔として使われていて、根元には出入り口の扉、頂上付近に半楕円形の大きな穴が開けられている。
外方向だけでなく、街の内側に対しても空いているその穴は、グロロウ住民の活動までも見張っているかのようだった。
日の暮れるのが早くなって、もう辺りは薄暗い。
中央円環道をぐるりと回って、北西に延びる大通りを進む。
この辺りから坂道が急になってくる。北西通りの半程から上は水が出るほど深く井戸を掘れないので、ここらの住人は南の方から桶で水を運んで生活しているらしい。
料理屋に水は必須だと思うのだが、今から向かう『クーフナ・グロロウ』とかいう店ではどうしているのだろうか。
ガラス窓の嵌った洒脱な入り口扉の横に大きな看板が出ている。料理屋の外観は煉瓦の基礎の上に太い丸太を積み上げた造り。精密に削られ、隙間なく積み重ねられた壁の丸太。野生的でありながら技巧を感じさせる意匠だった。
入店し、出てきた給仕に名を告げると左奥の廊下の先の個室に案内された。
窓のない部屋。天井からつるされた灯り台。
勤務を終えて直接来たトーマは約束の時間よりも半刻ほど到着が早い。まだクローヴィスは来ていなかった。
中央の卓の正方形の天板は分厚く、側面に彫刻が施されている。備え付けの椅子も豪華なものだった。
入り口側の椅子に腰かけたトーマ。洒落た服を着た給仕の女が、一辺が2メルテある卓の中心に火の灯った小さな灯り台を据え、トーマの目の前にガラスの杯を置いた。
「……飲めばいいんですか?」
「お嫌でないようでしたら、是非」
匂いを嗅いでみるが、ただの水のようだ。澄んだ見た目のきれいな水で、別に腹を壊しはしないと思うが、なぜただの水を飲まされるのだろうか。
思い切って口に含んでみると、完ぺきに癖のない味で、生臭さや土臭さなども全く感じられない。天才水魔法使いの浄化魔法でもここまでの物は精製できないだろう。
「当店は110年前から、グロロウ丘陵で唯一の湧き水を独占して使う権利を認められております。本日の料理に使われる水もすべてこれです。ご期待ください」
給仕の女が退室したと思ったらすぐに戻ってきて、炙った川魚の干物を出してくれた。魚臭さの少ない、噛むほどに味の出る干物を食べ終わってしばらく。
部屋の扉が開いてクローヴィスが姿を現した。
純白の僧服を着たクローヴィスは一人ではなく、二人の人間を伴っていた。
4人で席に着く。トーマは席を移動させられ、一番奥に小柄な老人が座り、その対面にクローヴィス。クローヴィスの右手にトーマが座り、トーマの対面には老人の連れらしき30代半ばの女が座った。
「フェルナンド議長。この者が先ほど話に出たトーマです」
「ほう、若いのになかなかやりますなぁ。しかも3種精霊適正とは。閣下が目を掛けるのも頷ける」
一枚の大きな布を巻き付けたような服装の老人は「魔眼」でトーマを看破した。50階梯手前の【賢者】保有者であった。
「コーステスタにお帰りになる前にこういう席を共にできてよかった」
「お気遣いに感謝しますよクローヴィス閣下。長々逗留してしまったが、もう帰路に着かなければ議会に間に合わない」
「グロロウの雪はすぐにも本降りになりましょう」
「それは大変だ。閉じ込められる前に退散するとしましょう」
あたり障りのない会話を続ける二人。老人の連れである女は一言も発さずに無関心な眼をトーマに向けている。
女の『魂の器』は【剣士】だ。階梯はトーマより少し高いだろう。
トーマは短剣を装備せず、二つ尾イタチデカチの上着の下はグロロウで買った仕立てのいい毛織りの服だ。
【剣士】の女は黒い革で全身を装っている。一見すると普通の女服のようだが関節や急所の革は重ねられていてまるで革鎧のようだ。しかも帯剣している。
こういう場に武器を持ち込むのはどうなのだろうと思うが、護衛の役であれば当然ともいえる。護衛だとすると何故同じ席についているのかという話になり、老人との関係がよくわからない。
料理の前に酒が運ばれてきた。酒と言ってもトーマのよく知る蜂蜜酒の原液ではなく、酸味のある柑橘類の果汁と何か香辛料が混ぜられている。
客の二人は喜んで飲み、老人は「ぜひコーステスタに持ち帰りたい」と言った。
「1箱用意させましょう」と答えたクローヴィスは口をつけただけで止めているので、トーマもそれに習った。
酒の後に4人の前に並べられた三皿の料理はどれも美しい見た目に整えられていた。フォークで崩れるほど柔らかく煮込まれた根菜とウシの肉の塊。
ライマーンから生きたまま運ばれてきたという海魚の身の薄切り。炙られて表面に焼き色のついた切り身は塩味で食べる。弾力のある食感がおもしろかった。
白く細い紐をひとかたまりに盛り上げたような料理の上には、この時期森で採れる数少ない可食野草であるアリュン草が散らされている。トーマ以外の3人はフォークに巻き付けて口に運んでいた。真似をしてトーマも食べてみると、まず感じるのは鶏の出汁の風味。紐状の物を噛むと小麦の香りがする。水で練った小麦粉を茹でたものだった。
3皿の料理はどれも洗練された美味。トーマは普段と変らない早さで食べ進めたが、一番最初に食べ終わった。老人の皿にはまだ半分ほど料理が残っている。
「閣下。少し席を外してもいいでしょうか」
「どこに行く?」
「えーっと、厠です」
「……品が無いぞトーマ。申し訳ない、フェルナンド議長」
「いやいや、食べ終わってしまって所在ないのでしょう。年寄りの食事が遅いのが悪いのです。若い胃袋が羨ましい」
総白髪を短く刈り整えたフェルナンドは席を立つトーマを笑顔で許してくれた。
給仕に場所を訊いて、屋根のある渡り廊下で繋がった店の厠に入る。
個室の戸を閉めたトーマは、先ほど脳裏に刻み付けた老人の顔と名を思い出しながら≪書庫≫を開いた。
フェルナンドについての情報は雑多な澱みの中に散在していて把握しづらい。なんとか汲み取ったところではコーステスタ連邦の意思決定機関である評議会の議長を長年勤めているようだ。
大陸西端にある5つの城塞都市が評議会によって司られるコーステスタ連邦。その規模は周辺の村落を合わせて人口7万人ほど。議長の他にも二人の評議員が【賢者】保有者であるようだ。
澱みの中にフェルナンド自身が書き込んだ内容がひと塊りになって感じられる。
その内容を閲覧して、トーマは全身のうぶ毛が逆立つのを感じた。
自分の栄達の過程を自慢げに書き連ねるのはまだ理解できる。だがフェルナンドの書き込みのほとんどは、自らの手で行った処刑行為の記憶だった。
老若男女を問わず。評議会が咎人と認定した100人を超える人間を、魔法で、武器で、大工道具で。残虐に切り刻み時間をかけてなぶり殺す。苦痛と絶望、怨嗟の叫びがトーマ自身の耳の奥を振るわせたかのように感じる。
トーマの脳内に再現されたフェルナンドの感情は、歓びに染まっていた




