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第76話 名鑑

 9日目の勤務を終えて、夜になってからトーマは政庁舎に帰り着いた。

 昨日行方不明だとの話を聞いて、空き時間にいろいろ探ってみたがレオニードの行方は今も分からずじまいだった。


 政庁東棟一階の食堂で夕食をとる。古くなった保存肉と日干しの根菜の煮込み汁。それに椀に山盛りの大麦の粥。

 トーマはあごの咬む力も歯の頑丈さも常人(つねびと)とは違う。そんなトーマでもこの煮込みの肉は硬いと感じる。元は何の生き物だったか分からないが、もっと時間をかけて工夫して戻さなければいけなかったのではないだろうか。


 職員用食堂は日替わりで一種類の料理しか提供されず、献立は入り口に掲示してある。

 今日の料理は食べたがらない者が多いようで、いつもなら数十人の独身の職員で賑わっている食堂に、今日は12人しか利用者が居なかった。

 そのぶんたっぷりと盛られた料理を、トーマは残さずに食べ切った。


 西棟二階の客室にあがり、トーマは部屋着に着替えた。

 立派な公衆浴場が近くにあって頻繁に入浴している。今日も仕事終わりに利用した。洗濯物も出しておけばいつの間にか洗ってもらえる。

 トーマは現在、これまでの人生で一番清潔な生活をしていた。


 床の上にうつぶせになり、両足を軽く開く。あごの下に右手を置き、左手は背中にまわす。膝を曲げず、腰も胴体もまっすぐの姿勢を保ったままで、右腕で体を持ち上げる。10秒かけて持ち上げ、10秒かけておろす。

 20回くりかえすとさすがにうっすら汗ばんできた。左右を入れ替えて20回。


 二階の床は板張りなので格闘術の訓練を本気でするわけにはいかない。音が響いてうるさいし、下手をすると踏み割ってしまう。なので筋肉が萎えないよう保つにはこういう運動しか方法が無い。『魂の器』で筋力が3倍増にされる分、普通の日常生活だけではどんどん身体が鈍ってしまうのだ。

 4倍増にされているはずのクローヴィスはいったいどういう訓練であの体を保っているのだろうか。


 右足で立って、10秒かけてしゃがみこみ、10秒かけて立ち上がる。30回繰り返して左右を入れ替える。運動を続けていたら、扉を叩く音が聞こえた。額の汗を袖で拭きながらトーマは扉に歩み寄った。


「どなた?」

「フロルです。今時間いいでしょうか」


 招き入れたフロルに部屋の椅子を勧めたが、すぐに済むのでと断られた。


「師匠からの伝言があって、明日の夕刻に北西通りの料理屋『クーフナ・グロロウ』で共に夕食をとろうとのことです。大事な話があるので断らないように、とのことでした」


 なるべく顔を合わせないようにクローヴィスとは食事を共にすることも避けていた。

 だが実際の所、秘密を打ち明ける前にトーマの≪書庫記載≫に気づかなかったのだから、いまさら改めて確かめてくるとも思えない。


 念を押されてはしかたがなかった。ここで断ればかえって疑念を招く。

 正確な時刻を確認して、了承を伝えた。クローヴィスの弟子は立ち去らなかった。


「どうかしたか?」

「あの、トーマさん。レオニードの、僕の兄の事を何か聞いていませんか?」

「何か、というと……」

「僕は今日、西交易路の各街への連絡から帰って来たんです。途中で出た肉削ぎバチの魔石で階梯が上がって…… あっ、それはどうでもいいんですけど、帰ってきて兄の家を訪ねたら、行方不明だって……」

「……閣下はなんと仰っていた」

「何も知らないと。けどこのまま姿を現さないままなら、司法官部隊の出番になると言われて……」


 事が荒立ってきた。無期限謹慎の処分に反したのだから、制裁の対象になってもしかたがない。「きっとすぐに帰ってくる」とフロルに慰めの言葉を掛けるくらいしか、トーマにできることは無かった。




 明日クローヴィスに会うなら、やっておかなければいけない事がある。

 寝台の詰め物のたっぷり詰まった布団に仰向けで寝て、毛布を顔まで掛ける。


 ≪書庫≫を開く。あいかわらずのおぞましい感覚だがもう慣れた。

 まずは師匠ラケーレの名と顔を思い浮かべて書庫を探る。目の前に居るわけでは無いので少し時間がかかったが、ラケーレが自身で書き込んだ情報にたどり着いた。

 書庫の整理と有効利用を主張する『書庫の賢者』だけあって余計な感情的な記憶など一つも無く、容姿と年齢、そして経歴だけが書かれている。


 34歳で『雷光(イカヅチ)』の開発に成功。女性で初の複合精霊魔法開発者らしい。

 トーマと出会う数年前、40歳の時にドゥブラ賢者戦争に参戦している。

 北西のアタルステン大島を追放された4人の【賢者】保有者が海棲魔物のひしめくドゥブラ海峡を越えて大陸に侵入。海峡沿いのエピッセ地域から徐々に支配を拡大して暴虐のかぎりを尽くした。近隣の領主賢者からの救援要請にこたえた『書庫の賢者』率いる勢力は激戦の末4人の討伐に成功。その時ラケーレは『七賢』継承条件を満たしたらしい。


 ラケーレの情報にはトーマの事も書き込まれている。

 『魂起こしの儀』によって自らの手で目覚めさせた弟子賢者として、名と容姿だけ記載がある。ラケーレによって書庫に書き写されたトーマの容貌の記憶は実際よりも少し幼い気がする。


 師匠の書き込みから少し距離をとるように思い描くと、『書庫の賢者』という概念につながる(みち)が感じ取れる。そこに向かって意識を集中して、ようやく目当ての一門の名鑑を閲覧することができた。



 現在の『七賢』は年齢順に『灼岩のビセンテ』『泥濘のオーエン』『雷光のラケーレ』『劫火のフェルミオン』『怒濤のアルスラン』『飛翔のガイウス』『絶技のパンテレエモン』である。それぞれが誰の弟子であったのか、誰を弟子としているのかを閲覧していく。


 若手3名の師匠であり先代の『七賢』だった者は存命のようだった。

 『七賢』を継ぐことが出来るのは弟子一人なのだが、だからといって弟子は一人しかとってはいけないという決まりはやはり無いようだ。

 先代が存命か亡くなっているかにかかわらず『七賢』にもいわゆる兄弟弟子が居て、彼らもまだ『書庫』の一門を名乗っている。

 すべてを数え合わせると34名の賢者が『書庫の賢者』として在籍しているようだった。


 それぞれの階梯や精霊同調適正などは書き込まれていない。だが40階梯を超え、≪書庫記載≫を自ら使って後継候補の名乗りを上げている者は、思っていたよりも少ない。弟子が6人居るビセンテには3人も後継候補が居るが、他に後継候補が居るのはオーエンとフェルミオンだけ。トーマも事実上後継候補だが名乗りは上げていない。


 どうやって数えたのか知らないが、世界に300名ほどしか居ないという【賢者】保有者。その一割以上が一門に所属している。

 とはいえ老人と言っていい者が約3割であり、現役七賢の弟子世代にあたる21名の中で名乗りを上げているのが5名だけ。

 彼ら以外が40階梯に至っていないとすれば、一門の【賢者】保有者自身の戦力は思ったほど期待できないのかもしれなかった。



 『書庫の賢者』であるトーマが一門の名鑑すら閲覧していないというのはあまりに不自然であり、そこから勘ぐられて「例の秘密」がばれてしまう恐れがあった。

 クローヴィスと再会する前に確認できて幸いだった。


 現在84歳だという『灼岩のビセンテ』の6名の弟子はそれぞれ年相応の現在の容姿が記録されている。

 だがビセンテの書き込みのなかに、正式には一門ではない過去の弟子の記載があった。行方不明になっているという、生きていれば現在50歳のはずの男。ルイの容姿は行方不明になった当時のものだ。

 痩せ細った長身の青年ルイ。前髪で半分隠れた眼もとには、なんとなくクローヴィスの面影があるようにトーマには思えた。

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