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第74話 ダンゴネズミ

 グロロウでトーマに任された仕事は、入国審査における「魔眼」での『魂の器』の見極めだった。入街審査ではなく入国審査だ。

 街だろうと国だろうと統治機構があって権力者と庶民が居るのは変らない。

 何が違うのかわからないが、グロロウは都市国家を名乗っているので間違わないようにと勤務初日に教わった。


 日の4刻と7刻と11刻。日に三度、南門に隣接する審査所に出向いて、数人から十数人の審査待ちの旅人の中に『不明種』が居ないかどうかを確認する。

 『不明種』が居た場合は担当の役人にそれを伝えるのが業務内容。

 殴られ首を絞められ気絶しているから、連れてこられた翌日は大事をとって安静にしていたが、その翌日から連日で勤務している。


 グロロウ住民に『魂起(たまお)こし』をすることは今の所命じられていない。身寄りのない子供を集めて『器持ち』として育てる養成所があるはずなので、そこで『魂起こし』する仕事があるはずなのだが、契約に基づく仕事なのでまだ任せられないという事なのだろう。



「いやーまさかあなたが賢者だったとはね。賢者ってのはみんな太ってて気持ち悪いハゲだとばかり思ってた」

「おいっ!」

「いや、クローヴィス閣下は別だよ? ハゲはハゲだけども」


 話しているのはオリガとヘンリクの二人だ。

 ラウラとクローヴィスの交渉の2日前、トーマが土橋村から出かけてグロロウの外観を確かめた日。

 武器も荷物も持たずにふらふらと近づくトーマを怪しんで、様子を見に来た衛士隊の男女二人組だ。オリガの『魂の器』が【早成】、ヘンリクは【耐光害】だ。


 審査所には4人の衛士が役人の補佐のために常駐し、入国希望者たちを牽制している。悪事を成しそうなものが居る場合は応援の衛士が駆け付ける。

 勤務8日目。日の4刻に審査所を訪れて、集まっていた審査待ちの旅人たちを「魔眼」で観察し、『不明種』が居ないことを役人に告げたところで今日の当番の二人に捕まった。


「それでトーマは、ずっとグロロウに住むつもりなんだね?」

「当然だろう。村はもう無くなったんだからな」


 ラウラ率いる約30名の土橋村の戦士たちは5日間の長きにわたって橋東端を守り抜いた。守り抜いたというか初日以降グロロウ側は攻勢を掛けなかったらしい。

 6日目の早朝に偵察のために視力のいいグロロウ兵が橋を進んだところ、土手の上には見張りの者も大型弩弓も姿を消していたらしい。


 その日のうちに軍勢は橋両端を完全に制圧。東西交易路は再びグロロウの独占するところとなった。

 残っていた土橋村の戦士たちも、村東岸に暮らしていた女子供も行方はわからないそうだ。



「俺は別に土橋村住人だったわけじゃないんだけどな。しいて言えばデュオニアの人間だよ」

「デュオニアって?」


 トーマがオリガの質問にどう答えようかと考えていたら、ヘンリクが先に答えた。


「ずっと西にある大国だ。15の街や村が一つの国家を形成していて、総人口は20万を超えるとか」

「うちの10倍じゃない」

「グロロウだって勢力圏全ての人口を合わせれば4万にはなる」



 トーマはこの8日間、仕事の合間を縫って情報収集をした。

 グロロウの人口はやはり2万人程度である。

 世界の人間の10人に一人は魂起こしを受けているという研究もあるが、『器持ち』の多くは定住地を持たずに修業の旅の途上であったり、開拓中の村などに多く住むので魔物の脅威が少ない安定した都市では少なくなる。

 また特に『魂の器』を得て最初の数年間、駆け出しの『器持ち』は命を落としやすくもある。結果、多くの国・街において『器持ち』は15人から20人に一人というのが平均だ。

 だが、グロロウではなんと4人に一人。約5千人が『魂の器』を所持している。

 クローヴィスの他にも3人のマナ出力に優れた【賢者】がいるので、5千という数自体は不思議ではない。数年あれば実現可能な程度ではある。


 他所と違う状況になっているのは、契約を交わすことで費用無しで『魂起こし』を施すというクローヴィスの政策のためだ。街の人口増加の一因でもあった。


 とはいえ階梯を上げて戦力を高くするには魔物を狩らなければいけない。グロロウの周辺の魔境の森はあらかた狩りつくされていて、格の高い魔石はほとんどとれない。小物が少々うろつくだけとなった森は畑地としてどんどん開拓されているらしい。

 魔石が取れない以上、普通の街では『器持ち』たちは修業のためどんどん他の地域に流出するものなのだが、グロロウで無料の『魂起こし』を受けた者の多くは移住することを契約で禁じられている。

 魔石資源の不足の結果、実際に戦力になる者が5千人いるわけでは無い。


 衛士隊が約300名。司法官部隊が同じく300名。階梯が30を超えた住人には5年間の兵役が課されているので、一般住人からなる兵が500人前後居るという。

 兵役を終えてもまだ現役で戦える者は多いだろうから、グロロウの総戦力は二千人程度と考えるべきだろう。

 少なくは無い。ライマーンを始めとした勢力圏内の戦力を集めればもう少し増えるだろう。だが、やはり『書庫の賢者』を敵に回せるような規模ではない。


 審査所の待機室には暖炉が設置されていて、小さく火が焚かれている。午前中の入国審査に間に合わず、午後の審査を受けるための旅人が一人二人と集まってきている。空いている粗末な椅子に座って3人で話を続けた。

 オリガもヘンリクもグロロウ周辺の街にしか出かけたことがないという。デュオニアや他の地域の事をいろいろと聞かれ、トーマは一つ一つ答えた。だいたい同年代である二人との会話は楽しく、久しぶりに心が安らぐトーマだった。


「二人はどうして衛士隊に入ったんだ? 養成所の出身なのか?」

「まさか。私たちはちゃんとした家があるわ。どっちの親も役人をしてる」

「養成所じゃあ、俺らのような使えない種類の器持ちはろくに育ててもらえない」

「わたしのはヘンリクほどあれじゃないけど……」


 まるで深窓の令嬢のように色白のヘンリクが、オリガの鍛えられた太い二の腕を拳で突いた。


「じゃあ養成所に入ったはいいが戦いに向かない『器』に目覚めた子どもはどうなるんだ?」

「辞めさせられるんだと思う」

「身寄りのない子なんだろ?」

「別に身寄りがないからって野垂れ死んだりはしないぞ。『魂の器』ならどんなのだって無いよりマシだ、十数階梯も上げれば力も強く身体も丈夫になる。常人(つねびと)の倍は働けるようになるんだから、ちゃんと周りが大人になるまで育てるし、魔石も食わせる。俺たちグロロウ人はそんなに情が無い人間じゃないぞ」

「そっちの方がまともな生き方とも言えるよね、下手に武技系なんかに目覚めたら、司法官部隊に――」

「やめろ、オリガ」


 ヘンリクの声が緊張した。司法官部隊への批判は政権批判になりうる。

 それにしてもせっかく目覚めさせた『器持ち』なのに育てないこともあるとは。えり好みできるくらいにたくさん身寄りのない子が出てきてしまう事自体健全ではない。クローヴィスの強引なやり方はやはり問題があると見て間違いない。



 新しい入国希望者が待機室に入って来た。次の審査は7刻に始まるのでまだ間があるのだが、「魔眼」は意識せずとも『魂の器』を見極める。

 白髪交じりの茶色の長髪を両耳の前で結い上げた、髭面の大柄な中年男。待機室に入って来た男を見つめながらトーマは≪書庫≫を開いた。


「え、何? なんなのその顔。気持ち悪い。下まぶたの形が気持ち悪い」

「騒ぐなよ。賢者が見極めの時に変な顔になるのは知ってるだろ。トーマのはまだましな方だろ。なんか上唇も持ち上がってるけど」

「本当だ、ダンゴネズミの口みたいになってる。前歯が二本だけ大きいね」

「もう黙ろうぜ。集中を乱すなって前に叱られたことあっただろ」


 必要な情報を得てトーマは≪書庫≫を閉じた。ため息を一つ吐く。


「わかったの? あの男、不明種だったの?」

「いや、違った。俺が知らなかっただけで≪書庫≫にはちゃんと登録されていた」


 トーマの言葉に衛士の二人は安堵したようだ。『不明種』であれば、政庁に隣接するアールヴィリティ研究処に同道を要請、抵抗されれば強制的に連行することになり、その役を担うのは衛士隊だ。


 これまでトーマは『魂の器』の見極めを経験と知識だけに頼ってやっていたが、この仕事ではそういうわけにはいかない。

 トーマが今まで会ったことが無いだけで、既に書庫に登録されているものを『不明種』と報告するわけにはいかないのだ。「実は書庫の閲覧すら苦手」などという事がばれるのもまずい。



 審査所で勤めはじめてから、数回こういうことがあった。本当の『不明種』が見つかったことは無い。

 トーマは≪書庫≫の閲覧が少し楽になっていた。

 書庫にあふれる雑多で無意味な情報。勝手に頭の中に入り込もうとする気味の悪い記憶や感情の圧力。それらは自我の永続を願った哀れで愚かな者たちの亡霊であるという。

 クローヴィスの話を聞いたことで、識別して回避したり無視したり、頭から追い出すことが簡単になった気がする。


 今回もおさげの男の『魂の器』の情報に向かって、すんなり潜ることができた。2年前に登録された新種で【湯沸かし】というらしい。魔法ではなく異能によってマナを消費し、接触した水を温めることができるという。


 書庫の汚染の正体を教わり、認識することで閲覧が楽になるならもっと早く教えてもらいたかった。そう思ったが、人によっては認識することでかえって意識が引っ張られる事もある気がする。

 いずれにせよトーマはクローヴィスと話したことで、【賢者】として少し成長してしまった事実を認めざるを得なかった。

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