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第73話 返却

 クローヴィスの図書室と同じ二階にある客室。内装はとても豪勢であった。

 部屋の中心に置かれた天蓋付きの寝台は小柄なトーマには大きすぎるほどに大きい。

 床の毛織の絨毯は分厚く、新品同様。オカテリアのトーマの下宿で敷かれていたでかい雑巾のような絨毯とは似ても似つかない。窓にはやはりガラスが使われていた。

 寝台に掛けられている美しい模様の刺繍がされた毛布の上にあおむけになって、トーマは深いため息を吐いた。


 客室までトーマを案内したのはクローヴィス本人。部屋を去る際に言っていた。


「本当に良かった。君の異能が≪書庫記載≫に変化する前に出会えたのは、運命としか言いようがないよ」



 賢者の「魔眼」は見る対象の異能の種類を正確に見極め、それによって『魂の器』の種別を判定する。

 とはいえ、例えば40階梯を超えた【剣士】の異能が≪斬気≫から≪斬気・纏≫に変化するというような、微妙な変化まで見極めるのは至難の業だ。【賢者】の≪書庫閲覧≫と≪書庫記載≫も同じで、自分自身の異能が変化したのは気づいても他の賢者が客観的に「魔眼」でに見たときには、相当注意しなければ見極められない。


(危ない所だった、どうにか騙しきったぞ)


 クローヴィスはトーマがまだ≪書庫記載≫を使えないと思っている。いや、実際に使ったことは無いし閲覧さえ苦手なトーマなのである意味正解なのだが、それが幸いした。


 『書庫の賢者』一門の習わしでは≪書庫記載≫ができるようになった者は自分の姿と名を≪書庫≫に書き込んで後継候補であることを宣言することになっている。編み出した魔法や、発見した魔物の新たな知見など誇るべき業績があればそれも書き込む。


 初対面の時、クローヴィスは≪書庫≫を検索してトーマの身元を確かめると同時に、書き込みについても探したはずだ。何も書き込まれていなかったので、トーマの≪書庫閲覧≫がまだ≪書庫記載≫に変化していないと誤解したのだ。

 七賢継承条件の1条は『40階梯以上の【賢者】保有者であること』なので後継候補である事とは矛盾しない。異能が変化するのは必ず40階梯という訳ではなく、前後に一つズレることはたまにある。


 もし、トーマが既に≪書庫記載≫が可能ながばれていればどうなったか。おそらく殺されていたとみるべきだ。

 『書庫の賢者』を抜けて身分を隠し、権力の座についている事だけでも問題だ。通報すれば粛清の対象になるだろう。まして≪書庫≫を破壊する企みなど漏れてしまえば全面戦争だ。

 ≪書庫記載≫が可能な存在に、クローヴィスが秘密を明かすはずがないのだ。


 クローヴィスは致命的な失敗をした。今この瞬間、トーマがクローヴィスの秘密を書庫に全て書き込めば、それで終わりだ。ばれた瞬間トーマは命を奪われるだろうが。



 クローヴィスが飼っているというブタ賢者。3人居るという話だったが、会った二人は40階梯に届いていなかった。もう一人もおそらくそうなのだろう。

 あえてそうしているに違いない。飼っている手下であっても≪書庫記載≫を使われるのを恐れて40階梯に至らないように制限させているのだ。


 書庫の賢者の習わしを無視するほどに強い、トーマの忌避感をクローヴィスは見誤った。

 自分と似た高潔な精神の持ち主は≪書庫≫の汚濁に耐えられないとか言っていたが、クローヴィス自身は普通にトーマを検索していた。何のことは無い、クローヴィスはトーマよりはずっと書庫に適応している。


 クローヴィスは知識を蓄積して共有するという書庫の機能を不要と言っていたが、距離を超えて賢者どうしが意思疎通することが可能な『書庫通信』の有用性については無視している。離れた場所、違う国に居る人々の意志を賢者が仲介することで生まれる希望がある。

 人間の生きる場所が魔境によってズタズタに切り裂かれていた時代。『書庫通信』があったことで人々は森を切り開き街道を繋ぎ、もう一度人類全体として復興を目指すことができたのだ。それを破壊して二度と使えないようにするというのはあまりに勝手である。


 いずれにせよ、どう転んでもクローヴィスの野望が実現することは無い。

 60階梯に至れば新たな異能で根本的に書庫に干渉できるようになるという話は、あり得ることだと思う。それによって書庫を破壊してしまうという事も無い話ではない。

 だがその状態を維持して真の【賢者】の世界云々というのは誇大妄想でしかない。昔誰かにも言ったセリフだが、師匠ラケーレがこれまでの賢者人生、大陸各地で『魂起こし』を施した相手は2万人以上だ。それだけでここグロロウの全人口を超えている。

 『七賢』全員とその弟子、それに先代の七賢にも存命の者は居るだろう。

 書庫の破壊など実行し、彼らと明確に敵対してこの大陸で生きていける道理が無い。


 『書庫の賢者』は権力と距離を置くというのが原則。だが師叔アルスランとラナデセーノ宰相マルセルの関係など、敵対関係にあるようには聞こえなかったし、いざ一門存続の危機となれば利用することに躊躇(ちゅうちょ)はないだろう。

 万単位の『器持ち』を動員しての大戦争が起こり得る。その規模の前には60階梯に至ったクローヴィスの個人戦力など何の問題にもならない。


 もし一度≪書庫≫が破壊されたとしても、クローヴィスさえ排除してしまえば再建はできるはずだ。分離して独立させることすらできるのだから、60階梯の賢者が居ればある程度自由に操れるものなのだろう。


 60階梯に至り、書庫を思いのままに支配する。

 それを実現するのは、『書庫の賢者』一門であるべきだ。

 そもそも100年の歴史を持つ『書庫の賢者』で60階梯に至ったものが誰も居ないというのは不思議だが、後継者育成に重きを置くからこそ、肉体的に衰える年齢になってからは自身の階梯上げを二の次にしてきた。その結果と考えれば納得できる。


 下の者を引き上げる後継者育成ではなく、一門の総力で最高階梯の一人を押し上げる方針をとれば、60階梯まで上げることもきっと可能だろう。


 貴重な情報を明かしてくれたことについては感謝するが、クローヴィスなどに主導権は渡さない。

 あの汚濁に満ちた書庫を整理編集し、人類復興のために有効利用する。

 一門100年の念願を『七賢』ラケーレの弟子である自分が主導して、実現してみせる。


 自分を高潔だと思ったことのないトーマは、すすんで命を犠牲にする覚悟までは無い。とはいえ企みがとん挫した場合、せめて手に入れた秘密を書庫に書き込んでから死なねばならない。書き込みは本人が削除しないかぎり死んでも消えることは無い。


 いざという時≪書庫記載≫を使えるかどうか、感覚を掴んでおかねばならない。

 何か少しでも書き込んでしまえばクローヴィスにばれてしまうから、あくまで練習。

 トーマは目を閉じて自分の魂を内側に開いた。『魂の器』の内奥にマナが吸い込まれる。




「もしもし、あの、どこか具合が悪いんですか? 凄い顔してますけど……」

「……っ!」


 仰向けの状態で≪書庫≫を開いていたトーマは、何者かに体を揺さぶられて意識を取り戻した。寝台の上に跳び起きる。


「フロル! なんで居る!」

「これを返すよう師匠に言われていたんですが、うっかりしてて……」


 フロルが左わきに抱えている物を差し出した。カザマキヒョウの毛皮の外套と、装具に収納された青鉄の短剣だ。

 ≪書庫≫に集中していたので部屋に入ってきたことに気が付かなかった。

 トーマが閲覧をしていたのか記載の感覚を確かめていたのか、フロルには分かるはずがないのだが、ばれれば命の危機につながる事をしていたので思わず狼狽(うろた)えてしまった。


「あぁ、ありがとう。そこに置いといてくれ」

「はい」


 普通の宿屋の一人部屋の4倍は広い客室の寝台の頭側の壁際には、何に使うのかよくわからない小さな卓が置かれている。4本の脚に装飾的な模様を彫られたその卓の上に、フロルはトーマの荷物を置いた。拉致された際に剥ぎとられたものだ。


「あの、僕の名前師匠に聞いたんですか? それとも……」



 クローヴィスはフロルについては何も言っていなかった。自分の部下であるロベールが弟子の母のソフィアを刺し殺したのだ。知っていながら平然と用事を言いつけているのだろうか。


「いや、俺は土橋村に滞在していたから。君のことを知っている人が、何人か居たよ……」

「あ、そうですか……」


 きっとソフィアの事を聞きたいのだろう。だが今この状況で、ソフィアの死の状況を伝えるのは得策ではない。殺した本人であるロベールや、ロベールにトーマの拉致を命じたクローヴィスに対して逆上し、何か無謀な行動をする事になれば亡きソフィアに会わせる顔が無い。


 ソフィアの死に対して責任があるのは第一にロベール。第二にクローヴィス。それに続いてトーマ自身とラウラが並ぶだろう。

 フロルに真実を明かして詫びるのは、まずクローヴィスとロベールを抹殺してからでなければならない。

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