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第72話 高潔

 丸卓の上に本を置く。表紙に題はかかれていない。

 開くと獣皮紙本特有のものの他に、古書だからだろうか埃臭いようなにおいも漂った。

 共通言語の文字に似ているが、まるで知らない記号も多い。読める単語もあるが文章が組み立てられない。トーマは眉根にしわを寄せてクローヴィスを見返した。


「読めないのか。まったく……、本物の書物を(ないがし)ろにしていては『書庫の賢者』の名が無くぞ」


 トーマは≪書庫≫の異能が苦手な分、比較的多く実在の書物を利用する方だと思うのだが。

 普段情報を得るために読む本はここ十年以内に(あらわ)されたものばかりだ。普通は新しい情報の方が正確である。


「ブルスタという男は欠点の塊のような愚物だったが、一つだけ有意義な趣味を持っていた。それが書籍の収集だ。この本は古代言語の文字や言葉が混じっているが、基本的には共通言語で書かれている。著者は不明だが、おそらく【賢者】保有者だろう。書かれたのはKJ暦176年前後。極東賢者が≪書庫≫を分離して我々大陸西側の賢者と(たもと)を分かった事件。その顛末について書かれている」

「『書庫分離』の方法が書かれているのか⁉」

「直接的には書かれていない。≪書庫≫が汚染されていると極東賢者側が苦情を述べ、西側賢者は先人の残した記憶の保護を主張。『書庫通信』で議論を重ね、最終的に決裂したという内容」


 極東賢者がこちらと別れてしまった理由については分からないというのが一般的な認識だが、300年も前から書庫は不要な情報で汚染されていたのだろうか。

 しかしラケーレが書庫から拾い上げたという、極東賢者の情報の中にはカーキーの葉茶のことや、何とかいう草の敷物のことも含まれていたはず。

 茶は健康維持のために必要だとしても、敷物はどうか。あの情報は汚染には当たらないのだろうか。


「大事な事は他の(ぺいじ)に書かれていた。そういった話し合いをする資格を持った、当時の【賢者】集団の代表者。一世代に一人しか居なかった大賢者と呼ばれる存在は60階梯を超えているのが当たり前であったようなのだ」

「そんな、信じられない……」

「竜殺しの伝説は聞いたことがあるはずだ。ある程度信頼性のある記録がここの蔵書にもあるが、竜狩りで中心になったのは常に【賢者】だ。現に私も、もう一度階梯を上げれば60階梯に達する」


 『魂の器』に関する知識や魔法技術などは時代とともに発展している。

 現代の『器持ち』のほうが昔の人々より戦闘能力が高いというのが常識だと思っていたが、違うのだろうか。



「俺も一度竜に会ったことがある。俺の魔法ではもちろん、師匠ラケーレの『雷光(イカヅチ)』でも、殺せるような代物に見えなかった。クローヴィス、あんたは竜を殺しているのか」

「ラケーレか、懐かしい名だな。君の師匠とは大昔に一度だけ会ったことがあるよ。美しい黒髪の凛々しい女性だった。同じ精霊適正を持っていたので魔法について丁寧に指導してもらった。私は自分の師匠と精霊適正が真逆でね。丁寧な指導を受けたのはその時が最後だ。20階梯を超えてからはあの忌々しい≪書庫≫を閲覧して自分で魔法を学ぶしかなかった」


 クローヴィスのの年齢は確か50歳手前だったはず。ラケーレより10歳程度若いことになる。名も容姿も変えているというから公にされている年齢が正しいとは限らないが。

 水精霊と風精霊の真逆ということは火精霊と地精霊に適性という事になるが、弟子を持つ資格のある『七賢』の中でそれにあたるのは『灼岩のビセンテ』だけのはずだ。クローヴィスはビセンテの弟子だったのだろうか。

 あるいは昔同じ適性を持った『七賢』が居たかもしれない。クローヴィスが書庫の賢者を抜けたのは20年以上前の出来事で、トーマは幼児で賢者とのかかわりなど無い。その辺りの事情までは知らなかった。


「また話がそれてしまったな。現代では魔物狩りというのは少人数の隊で行うのが一般的だが、大昔は違った。なにしろ階梯ごとの適切な魔物の情報など無かったから、器持ちも常人(つねびと)も問わずにありったけの戦力をかき集めて大人数で魔物に挑むという方が普通だった。大人数には大人数なりの戦い方があり、そうでなければ倒せない魔物というのも居るんだよ」

「……」

「だから当時、60階梯を超える賢者が存在した事はそこまで不思議ではない」


 トーマの背後から、クローヴィスが手を伸ばして本をめくる。

 最後の頁と裏表紙の間に、一枚の紙片が挟んであった。本に使われている薄く上等なものとは違う、質の低い獣皮紙。

 書簡の一部だろうか、古語交じりの共通言語で書かれている。ボロボロだがいくつかの言葉が読み取れる。

 「竜を喰らいし」「大賢者様の」「大いなる根本へ」「ウシのスネ肉」


「この本の中に書庫分離の方法について具体的な記述は無い。むしろそれが可能だったことに、著者は何の疑問も持っていないように読み取れる。それらの事から導き出される当然の予想」


 300年前の賢者の集団において、その頭目たる大賢者は60階梯を超えていた。

 そして当時の彼らにとっては『書庫分離』など「出来て当然」の事でしかなく、特に方法を書き残す必要さえ感じられなかったのだ。


「我々【賢者】保有者は20階梯前後で≪書庫閲覧≫の異能を得、それが40階梯前後で≪書庫記載≫に変化する。そして60階梯に至った時、書庫に対する『より根本的な干渉』が可能になる何かが起こるというのが、私の考えだ」

「60階梯に至り書庫分離をしようというのか?」

「分離してどうする? 高潔な意識を持った賢者だけで新たな書庫体系を築いて引きこもるか? 言っただろう、私は全ての賢者を≪書庫≫の呪いから解放するつもりなのだ」


 椅子の右側をゆっくりと歩くクローヴィス。少し離れたところでトーマに向き直った。


「私は≪書庫≫を完全に破壊するつもりだ。全ての記録を抹消し、この先も誰も書き込むことができないよう、仕組み自体を変化させようと思う」

「可能なのか、そんなこと」

「断言できないが、おそらくは。300年前の極東賢者の要求は書庫の汚染の削除だったし、分裂したという向こう側の書庫に対して、我々は書き込みも閲覧もできない。つまり利用者を制限する手段があるという事だ」

「有用な知識はどうする。魔法の呪文や魔物の知識は」

「それらを保存しておくのが≪書庫≫である必要性が無い」


 丸卓の反対側。クローヴィスは自分の革張り椅子のひじ掛けの部分に体重を預けた。重量のある革張り椅子は傾いたりしなかった。トーマを見つめるクローヴィスの微笑。


「3つの火・風複合精霊魔法の二重の呪文。トーマは魔法を使う際に≪書庫≫の閲覧をしていなかっただろ? 私ももちろん精霊言語の理解は完全なつもりだし、使う呪文はすべて暗記している。だが賢者の中でも怠惰な者は≪書庫≫を閲覧しながらでなければ簡単な呪文も唱えられないらしい」

「それじゃあ普通の魔法使い以下じゃないか」

「その通りだ。≪書庫≫があるせいで賢者がかえって愚かになっている。皮肉な話ではないか?」


 腕を伸ばし両手で左右の壁を示すクローヴィス。その大きな両手の先には数百の書物を詰め込んだ本棚がずらりとならでいる。


「知識を蓄え、共有する方法はいくらでもある。≪書庫≫など不要だ。【賢者】にとって重要で、必須の異能は『魂起こし』、すなわち≪アールヴィリティ干渉≫の異能のみ。そうは思わないかトーマ」

「俺は『書庫の賢者』の一員だぞ」

「会った時に感じた、君は私と同じだ。高潔な君は書庫の汚濁に耐えられない」

「……自分を高潔だと思ったことは無い」

「それが良いんだよ、トーマ。自分を省みられる人間こそ、ふさわしい」

「ふさわしい……?」

「『書庫の賢者』のやり方では何も変えられない。100年間変えられなかった。基本が間違っているのだから当然だ。有効利用など下らない。≪書庫≫に頼らない真の意味での賢者、賢い者として人々を導く新たな集団が必要なのだ」


 トーマを見るクローヴィスの青い瞳に丸卓の上の照明器具の光が反射した。


「私に付け、トーマ。これから私は、不要情報の書き込みなどとは比べ物にならない害を≪書庫≫に加えることになる。『書庫の賢者』を抜けて、私と共に新たな【賢者】の未来を、真の【賢者】の世界を実現しよう」



 ゆっくりと、トーマは立ち上がる。一歩前に進むと、その場に左膝を着いた。


「……わかった、いや、わかりました。クローヴィス閣下。俺もずっと、あの底なし沼のような≪書庫≫のおぞましい感触に……、ずっと、……耐えられなかった!」


 吐き出すようにそう言って、トーマは頭を落とした。

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