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第64話 執政官

 今朝ラウラに紹介されたクルム以外の護衛の三人。プラトとバティルとグレイプ。

 プラトは【盾士】だ。33歳で今回の護衛の中で一番若い。茶色の髪を短く切りそろえた童顔の男だが、毛皮の胴衣の下の体つきはごつい。

 武技系に分類される種別の『魂の器』。その異能は自分の肉体や武器や防具に余剰マナを流し込むことで強靭化するのが基本である。


 【盾士】や【槍士】など手に持った武具を強靭化するだけのものは、長らく区別されず同じ『魂の器』と見なされていた。だが近年ではその性質に無視できないほどの違いが発見されており、実際に【賢者】の「魔眼」では判別可能なので今は違うものとして登録されている。

 【槍士】は棒状の物体の任意の位置を自由に強化できる性質で、かつてのトーマの仲間であったテオドリックが弓も使ったのはこれが理由だ。

 弓本体も棒状の物体と言える。全体を均等に強靭化することで張力が増すのだ。


 対して【盾士】はいたって不器用な強靭化しかできない。持っている物体を手から球状広がるように強靭化できるだけで、手に近い部分ほど強靭化の度合いが大きく、離れれば小さくなる。

 一見【槍士】の方が優れているように思えるが、マナ消費の効率や強靭化の「強さ」は断然【盾士】に分がある。

 もっとも、【槍士】【盾士】の異能はマナ消費効率がもとから高く、武具に特性を付与する異能と違いマナ切れを起こすことはめったにないのだが。



 護衛三人の服装は皆、多少小奇麗な綿服の上に毛皮の胴衣を着こむというもの。精一杯、統一感を出そうとしているのかもしれない。普通の街の中であれば、みすぼらしいと思われるか思われないか、ぎりぎりのところだ。


 身長だけならディル・ペトラシュ兄弟よりも高いノッポの男はバティル。少し離れた所で丸められている天幕を広げている。武技系肉体強化型の異能≪熱防御≫を持つ【不燃】。

 『耐久』による肉体の頑丈さに加えて、マナを流すことで高熱に対しての耐性を得る。偏った性能だが、攻撃性の高い火精霊魔法の影響を減らせると考えれば悪くは無い。敵に火魔法使いがいなければ無意味ではあるが。


 北の方角を見張るのは痩せて目つきの悪い男。クルムと同年代と思われる、グレイプという名の男は暗い栗色の髪を後頭部で結っている。【猫足】の持ち主だ。体の周りにマナを纏えば、体や衣服、防具から発生する音が吸収されて無音で行動できる。

 風魔法でも音を軽減するものがあるが、【猫足】は足にもマナ層を纏うことで足音さえ消すことができる。欠点は異能を使っている間自分も音が聞こえなくなることだ。

 護衛に役立つ力とは思えないが、グレイプの醸し出す雰囲気は手練れの戦士を思わせた。『五芒星の力』の構成も『マナ操作』と『速さ』が大きい技巧派のものだ。



 三人の階梯は40を少し超える程度だろう。皆武器を携帯していて、魔法が得意そうなものは居ない。


「なんで、先に卓、整えるんだよ、天幕張るの、先だろ」

「え? そうだっけ?」


 バティルが広げた天幕をひきずりながら近づいてきて、言った。

 丸卓を置いたのはトーマではないので苦情を言われても知らない。結局プラトが打ち込んでいた杭は放置し、少しずらした場所に天幕を張ってから丸卓と椅子を置き直すことになった。


 そんなことをしている間に太陽は徐々に南の空目指して昇り、日の3刻も終わりに近い。なんとか刻限までに場を整え終えた。交渉は4刻には始まる約束だ。



「お? ラウラ様来たんじゃない?」


 プラトが顔を向けた先、土橋の方を見ると胴体を板金鎧で覆ったクルムが橋を渡りきる所だ。その後ろから、深紅のくせ毛を肩まで伸ばし、白銀に輝く全身鎧をまとったラウラが現れた。体形を強調するような意匠の豪奢な鎧。背の高いラウラの風格を何倍にも高めている。


「やぁやぁ、立派な席を整えてくれてありがとう、トーマ」

「そんな鎧どこにあったんだ?」

「それは秘密だねぇ。でも交渉が決まる前から持ってたよ」


 それはそうだろう。体形に合わせた全身鎧など、一から作るとなればかなりの時間がかかる。しかもラウラが着ているのは実用品として作られた武骨なものではなく、表面を鏡のように磨き上げた高級品仕様。製作期間は最低でも一月だ。


 ラウラの横に立つクルムが、小さな声でなにか話しかけた。

 幕屋が取り除かれて見晴らしの良くなった広場の中心にトーマ達は立っている。


 北の方角に目をやるラウラとクルム。

 30メルテほど離れて見張っていたグレイプが、挙げた右手を前後に動かしながらこちらに駆けて来た。


「約束通りに来たみたいだね」


 グロロウへと延びる街道の先。森の木々の陰から五人の人間が現れた。トーマからの距離は60メルテほどか。

 先頭を来るのはレオニードのようだ。先日と同じ、くすんだ鉄色の全身鎧姿。後に続く3人の護衛。この距離では種別がわからない、わかるのは力の大きさ、すなわち階梯。40を少し超える程度でしかない。こちらのクルム以外の三人と同じである。


 最後尾の人物のは頭髪を全て剃り上げていた。着ているのは古代宗教の僧侶のような丈の長い服。その僧服の色は雪のように白い。ボリスが持っていたものとほぼ同じ、円柱状の杖頭の付いた長い杖をもっている。


 おそらくはあれがクローヴィス。「魔眼」の測定可能距離に入った。力を測ろうとした、トーマに走る戦慄。

 トーマとほぼ同じ割合で成長している『五芒星の力』だが、5つ全てがトーマのそれの1.5倍に近い。階梯で換算すれば60弱ということになる。

 トーマが賢者に目覚めて14年間、今まで出会った『器持ち』で最高階梯の持ち主だった。



 高階梯の『魂の器』で成長素が摂取できるほどの魔物は、倒すのはもとより探すこと自体が難しくなる。

 人里の近くで見つかることはめったになく、たどり着くのに何日もかかるような森の奥地、あるいは竜が出てくるような高山地域にまで行かなければ出会えない。


 今の所挑む気も無い危険な魔物について、トーマの知識は豊富ではない。だが例えばウマ喰いアギトや沼底ガメの年経た大型個体なら50階梯相当格にあたり、その魔石をたくさん消費すれば50台半ばまでは階梯を上げられる。

 しかし60階梯ともなれば、それこそ竜に挑んで倒すくらいでなければ達し得ないのではないか。


 左右に分かれる4人の護衛の間を、歩み寄ってくる僧服の男。確かに【賢者】保有者で間違いない。水精霊と風精霊への同調適正が『良』。

 やはり杖についている金属容器の中身は魔法媒介にするための水だろう。


「はじめてお目にかかる。橋造りのラウラ、そして書庫の賢者トーマ。私がグロロウ行政府代表、執政官クローヴィスだ」




 丸卓の東の席にラウラが座り、対面する位置にクローヴィス。トーマは北側に座っていた。ラウラの大斧とクローヴィスの杖は丸卓の上、それぞれの左側に置かれている。護衛は護衛対象の後ろに2メルテ以上離れて整列していた。


 クローヴィス側の護衛は【剣士】のレオニードの他に衛士隊と思われる鎧を着た【槍士】の男。余剰マナの蓄積が速い【豊魔】の女は紫色に染められた毛皮の外套で首から下をすべて覆っている。

 もう一人、司法官部隊のものと同じ複合鎧を着ている40歳ほどの男は不明種。おそらくは≪上限突破≫や≪下限緩和≫と同じ成長系の異能を持っている。


 クローヴィスが眉間を額の筋肉で持ち上げながら縦皺を寄せるという、異様な顔つきでトーマを見つめている。

 50歳近い年齢のはずだが、肌艶もよくシミやシワも目立たない。禿頭(とくとう)でなければもっと若く見えた事だろう。


「トーマ」

「……あぁ、すまない」


 ラウラに声を掛けられて、トーマは我に返った。

 クローヴィスは兵役として駆り出した他人の力で階梯を上げていると聞いて、侮っていた。戦いもせずに魔石を貪って贅沢病で動けなくなるような、そんな怠惰な権力者ではない。

 顔には贅肉などついておらず、襟元からのぞく首の筋肉は、その僧服の下に鍛え上げられた体が隠れていることをうかがわせた。


「……ではまずクローヴィス閣下。グロロウ行政府が土橋村に要求することとは何なのか、それをラウラ殿にお伝えください」


 クローヴィスは眉間をもとの位置に戻すと、ラウラに向き合った。その顔には緊張や怒りなどの感情は読みとれず、穏やかに見える。関心が薄いとも見えるが。


「将来的なことはともかくとして、今現在グロロウが土橋村勢力に要求することは2つ。1つはグロロウに所属する人間への敵視を止める事。あとひと月もすれば確実にこの辺りは雪に埋もれる。そうなる前に我々の外交官を東方に送りたいのだが、橋を利用するのに持ち物を改められるのでは外交書簡も持たせることができない」


 ラウラは椅子のひじ掛けに右ひじを置いて頬杖を突き、軽く微笑んでクローヴィスを見ている。目が細められたその表情は、年齢からは考えられないほどの貫録を示している。クローヴィスの要求に何の反応も示さなかった。


「言ったようにもうすぐ完全に冬になる。2つ目の要求は、グロロウからの援助を受け入れてほしいということだ。食料や燃料、防寒具。時間は無いがまともな建物も可能なかぎり建てようじゃないか。そして望むものはグロロウの城壁内に滞在させたい。土橋村に帰属を認めたままでも構わない。寒さでか弱い女子供の命を失わせるのは望むまい?」


「……では次に、ラウラ殿。ラウラ殿からクローヴィス閣下に要求することはありますか?」

「アタシの要求は、たった一つだよ」


 コマの()製の重たい丸卓が下からの力で砕け、吹き飛んだ。

 大きな破片がトーマの顔を直撃し、痛みと共に視界が遮られる。はねのけて椅子から跳び退る。

 丸卓があった地面から、土でできた刺槍のようなものが十数本クローヴィスに向かって突き出している。


「足で地面にマナを流すか。若いのに器用なことだ」


 クローヴィスは無傷だ。周りにはへし折られたであろう土槍の先端が転がっている。ラウラはいつの間にか鎧の膝から下を脱ぎ去っており裸足である。


「クローヴィス。あんたの命をいただく」


 ラウラが言い終えると同時に、水音と共にアクラ川の水面が破裂し、巨大なカニが飛び出した。カニの体は透明であった。

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