第63話 席を整える
翌朝、トーマはラウラに呼び出された。宿の食事処で朝食をとるトーマを呼びに来たのはソフィアだ。
灰オオグマの毛皮の上のラウラの定位置。そのすぐそばの丸布団に座るなり、トーマはきれいに丸められた書簡を渡された。
「今朝早くグロロウ衛士隊の一団が持ってきたものだよ。西岸までだけど」
質のいい獣皮紙を広げてみると、美しい書体の共通文字で書かれた文章。つらつらと装飾的な文言が並んでいるが、内容はつまり明日24日の直接交渉の実施に合意するという事だ。護衛は4人まで。トーマの要求通り階梯は45以下という事も認められた。
「護衛の人選は?」
「もう決まってる。言ってもクルム以外は知らないんじゃない? 全員40階梯以上の熟練者だよ」
「そうか」
ラウラは強力な『器持ち』であり、46階梯であることを確認済みのロベールは出てこない。いざとなればトーマが加勢するのはラウラなのだから、6対5になる。
とりあえずの安全は確保できたのではないだろうか。
土橋村東岸にむさくるしい男たちが続々と渡ってきていた。西岸で橋の端を守っていた男どもだ。
交渉は西岸で行われ、護衛以外の戦力は1キーメルテ以内立入禁止という約束になっている。
壁の中には入りきらないので、東門の外側に大小さまざまな十数の幕屋をそのまま移築する。
新造した矢倉塔の周りに次々に打ち込まれる幕屋のための支柱。
矢倉塔の隣10メルテには、いつの間にか新たな土山が盛り上がっていた。もう一本矢倉塔が作られることになっているらしい。
西岸を守っていた男たちはトーマが考えていたよりも少し人数が多いようだ。『器持ち』は50人ほどいるのではないか。大きな幕屋の中でみっちり詰まって寝起きしていたのかもしれない。
東側にも年齢的に現役ではなさそうな者が十数人居る。『器持ち』でない者もあわせれば、土橋村の男女比率は普通に1対1であったらしい。
「よおトーマ。ひとつ、狩りに行こうぜ」
「なんでだよ」
ディルが剃り上げた側頭部をなでながら話しかけて来た。後ろにはペトラシュも居る。
「そりゃお前、明日は大一番だろ? 上げられるなら階梯上げておきてぇよ」
「お前らは護衛に含まれてないだろ?」
護衛は40階梯以上で4人そろえたとラウラは言っていた。ディルは30でペトラシュは29である。
「交渉がうまくいくとは限らないだろ。ののしりあって決裂するかもしれない。そうなったら即戦争になるかもしれない。だろ?」
ペトラシュが不吉なことを言う。ない話ではないが、いまさら一つ二つ階梯を上げるよりもすべきことがある気がする。
「……そういう場合に備えるにしても、護衛の人間との連携訓練とかをしておきたいな。悪いが狩りは二人で行ってくれよ」
「いやいや、中立のはずの立会人が親分の護衛と訓練してたらおかしいだろ。敵さんに見られたらどうすんだよ」
「親分っていうのはラウラの事なんだよな?」
「そりゃそうだろうが。東岸の森はあんまり狩られてねぇから、きっと近くにもいい魔物が残ってるぜ?」
考えてみれば六つ足オオカミ戦以来、トーマはまともな戦いをしていない。貰った石炭の使い勝手も試さなければならない。双子の誘いに乗ってトーマはアクラ川東の森での狩りに初挑戦することにした。
結果から言って、石炭はなかなか良い媒介であった。
燃焼物の純度が高いためにマナを簡単に込められる。石炭一つを消費した『火炎鞭・煽』を牙角ジシの鼻腔に撃ち込んで、脳を焼いて殺した。『火炎旋風』の媒介にするには二つは消費する必要があるだろう。
双子は体に似合わず静かな動きで森を歩き回った。ペトラシュは風魔法『風纏・縁』を巧く使い、鼻の良い魔物から自分たち兄弟のにおいをうまくごまかせていた。
ディルの使う水浄化の魔法もしっかりとしたものだった。泥っぽい水たまりから飲める水を分別し、喉の渇きを癒すことができた。
二人とも養成所では魔法の授業も受けていたらしい。
一日かけて牙角ジシとケヅメドリを狩ることに成功し、魔石は二つともペトラシュが食った。
トーマの成長素になるような格ではなかったので別に文句はなかったが、ディルが自分で食おうとしなかったのが意外であった。「俺たちはできるだけ一緒に階梯を上げる決まり」だそうだ。ペトラシュは兄とおなじ30階梯になった。
日が暮れる前に東門外に帰り着く。既に二本目の矢倉塔の基礎が完成し、灰土混合材も塗られている。20人以上の男たちが足場や階段の設置に参加していて、この分ではすぐに完成しそうである。
トーマはケヅメドリの死体を担いでいた。するどい蹴爪が突き出る両足をまとめて持って、腿辺りを肩に乗せて歩く。見た目は大きいが、飛ぶことは無くともやはり鳥の仲間。重さは一般的な成人男性ほどしかない。
双子は頭を落として内臓も抜いた牙角ジシを二人で運んでいた。前足を持つのが戦鎚を背負ったディルで、後ろ足がペトラシュ。
角牙ジシは大クロジシよりも二回り小さく、湾曲した上あごの牙が自分の頭蓋を貫いて角のように生えるイノシシの魔物だ。
「本当にこれ食っちまっていいのか? トーマが倒したのはこっちだろ? 肉の量が3倍は違うぜ?」
「いいんだよ。どうせ俺だけじゃ運べなかったし、階梯が上がったお祝いだよ」
トーマは宿に戻って借りた包丁でケヅメドリの片脚を断つと、残りをマラヤナに献上した。ずっとタダで泊まらせてもらっていたのだ。しかも今は東門の外に『器持ち』の男たちが数十人たむろしていて、宿に泊まるトーマが警備兵替わりをする必要はない。
北にある共同の調理場で巨大な腿肉の羽を抜いて、丸焼きにする。ただ直火で炙るだけでは火が通るまで1刻はかかるが、トーマは火魔法の達人である。
熱の方向を制御した薪の火を、肉を包むように燃やし続けて四半刻。真っ黒に焦げてしまった皮の部分を剥ぐと肉汁あふれるケヅメドリ腿肉の直火焼きが姿を現した。
そのほとんどを調理場に集まっていたご婦人方に提供し、一度で食べ切れる量の肉が残った骨を持ち帰る。
秘蔵の岩塩を振って、軟骨まできれいにたいらげ、満足してトーマは床に就いた。
陽光を背に受けながらトーマは土橋の上を西岸に向かって渡っていた。両手にはそれぞれ、重たい木組みの椅子が一脚ずつ。なかなかに立派な造りで、座面は革張りで獣毛か何か詰め物をしてある。一脚5キーラムはあるかもしれない。
西岸の橋の袂からすこし離れた、河岸街道から15メルテほどの位置に大きな丸卓が置かれていた。
これも奇麗に磨かれて艶のある、立派な造り。この辺りでは珍しいコマの木の大木から切り出された、一枚板の丸卓だ。
椅子といい丸卓といい、土橋村にこういう豪華な家具があるのには驚いた。
下には茶色の獣毛で織られた敷物が敷かれている。
トーマは丸卓に持ってきた二脚の椅子を据えた。先に一脚据えてあったのでこれで三人分の席が出来たことになる。
「交渉の席を整えるってこういう意味じゃない気がする」
「え? なんか言いました?」
トーマのつぶやきに反応して後ろから声をかけて来たのは、今回のラウラの護衛の一人。プラトという名の男。
天幕を張るための杭を木槌で地面に打ち込んでいた。




