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第61話 裏拳

 一言だけ挨拶を交わし、ソフィアはそのままラウラの幕屋の裏手に引っ込んでしまった。一転して言葉少なくなったレオニードを西岸まで送り届ける。

 大人しく待っていたらしい司法官部隊8人と、そのまま北、グロロウの方角へ去って行った。




「ラウラには聞かんかったのか」

「あなたのほうが詳しいって言われたんですよ」


 トーマはまずラウラに訊き、詳しい説明を断られた。

 しかたなく矢倉塔の仕上げ作業を指揮しているボリスを捕まえた。


「確かにレオニードはソフィアの息子だ。そして前領主ブルスタの息子でもある」

「ソフィアさんは前領主夫人だったんですか」

「そうではない…… わしはブルスタに魂起(たまお)こしを受けた縁で、長い付き合いじゃったが、晩年の奴はまぁ、公平に言って糞野郎じゃったな。女中として働いていたソフィアを孕ませて、側近のアリストンという男に無理やり押し付けて婚姻させた」

「なんか混乱するんですけど……」


 高さ6メルテある円筒状の矢倉塔の基礎。外側は岩のように硬化した灰土が表面を覆っている。

 最上部に弓手が立つための足場を、中に階段を設置する作業が進められている。現在ボリスの魔法が必要になる行程は無い。


「ブルスタが何者かに殺されたのはそのすぐ後だ。アリストンはその後を継いで、数年間領主代行としてグロロウを治めていた」

「そして20年前に、クローヴィスが現れて領主の座に就いたと。クローヴィスはどこから出てきたんです?」

「ライマーンを知っておろう。あの街はクローヴィスが一から作り上げた町だ。当時は今ほどの規模は無かった。南側交易路という新たな可能性を作り出した、そういう触れ込みで、アリストンが新たな領主賢者として連れて来たのがクローヴィスじゃった。今の貴様と同じほどの年頃じゃったな」

「じゃあソフィアさんのご主人とクローヴィスの関係は今も良好なんですか?」

「アリストンは3年前に死んでおる。わしだけでなく、多くの者がアリストンを暗殺したのはクローヴィスだと思っている」

「……なんでまた?」

「グロロウの領主の座を譲り渡し、そのとき得た司法官の席も10年前にクローヴィスの飼い犬の賢者に明け渡した。それでもアリストンは一定の人望があった。政敵とみなされたという見方もあるが、違う。アリストンとソフィアの間に生まれた子供、年頃になって『魂起こし』を受けたその子が【賢者】に目覚めた事がきっかけと、わしは思う。クローヴィスの弟子に取られることを両親ともが反対であったらしい」


 頭の痛くなる話だ。

 ソフィアは二人の子を産んで、一人が武技系で最強と言われる【剣士】に目覚め、二人目が【賢者】に目覚めたということか。母親としてこれほどの幸運も無いはずなのに、今はクローヴィスのもとに居る2人の子と離れ、幕屋で暮らしている。



 運び込まれる材木がぶつかって矢倉塔の入り口が崩れたと報告がきて、ボリスとトーマが見に行った。

 灰土で固められた外側は無事で、内側の土壁がすこし削れていた「これくらいは工事が終わってから修復すればいい」との結論になり、いったん休憩と決まった。

 結局どういう経緯でソフィアが土橋村に居るのかまで聞けなかったが、そこまで他人の事情に踏み入っていいものなのかトーマには分からなかった。




 午後、トーマはラウラを探して村中を回ったが見つからなかった。ソフィアの事情を聞いてもやはり、クローヴィスという人間が危険であることがわかる。

 二日前にここに来たトーマなどより、ラウラはそのことを認識しているはず。簡単に直接交渉に同意した理由を問いただしたかった。


 しかたがないので橋を渡って西岸に行き、クルムと交渉時の護衛を誰にするのかなど相談するも「ラウラ様の護衛は私たちが考えるべきことで、立会人たるトーマ殿の関知すべきことではない」とのことであった。



 疎外感を感じてトーマはアクラ川西岸を北上した。交渉の立会人という立場でありながら、当事者の片方であるグロロウをその眼で見た事すらない。それはさすがに問題があるような気がしたからだ。



 半刻ほどゆっくり駆けてゆくと、河岸路の左手に広がる森の木々の上、突き出すように尖塔が顔を出した。

 さらに進むと高さが6、70メルテもありそうな、それでいてなだらかな丘が現れる。その南側斜面に張り付くように市街が築かれていた。


 高さが30メルテ以上あるだろう尖塔も、市街の中心にある大きな建物も灰土の色をしている。50年前から使われている建材だというのは本当のようだ。

 斜面になっているので街の全貌を遠目に見ることができる。防壁で囲まれた狭い土地にみっしりと、庶民が暮らしているだろう家屋が並んでいる。

 横に百、縦に50として計算すれば約五千。一軒に4人住んでいれば人口二万人。だいたい話に聞いていた通りだ。

 師匠ラケーレの住むデュオニア共和国首都オカテリアの人口が3万ほど。少なくとも人口規模においてグロロウはオカテリアに次ぐほどの大都市で間違いないようだ。どうしてこんな東の果てにこんな発展した都市が出来上がるのだろう。


 とりあえず街門が見える所まで行ってみようかと思ってしばらく進む。左に曲がっていく街道は森で隠れて先が見えない。その先から二人の人間が現れた。胴体と、肘から先、膝から下を金属で覆われた複合鎧。司法官部隊が着ていたものよりも重装備のようだ。

 常人(つねびと)であれば重さで自由に動くことはかなわないだろう。肩から背中だけを覆う革外套を翻らせて駆けてくる。二人とも刃の付いていない、先がとがっているだけの鉄の棒。いわゆる刺槍を担いでいる。


「そこのあなた、何か困りごと?」


 話しかけて来たのは女だ。成長系の異能≪必要成長素軽減≫を持った、階梯30台半ば。『魂の器』の名は失念した。

 もう一人、男の方も久しぶりに見たので『器』名が思い出せない。たしか夏の太陽をいくら浴びでも日焼けしないとかいう、わけのわからない特性だったはず。

 青白い顔でトーマを見る無言の男は女より少し階梯が低い。


「特に何も困っていませんが」

「そう? 私たちはグロロウの衛士隊の者なんだけど、塔の見張りから異様な風体の男が近づいてきているという報告があって駆け付けたんだけど」

「あー」


 トーマは手ぶらである。旅であれ狩りであれ、荷物も武器も持たずに一人で出歩くのは普通の行動ではない。偵察というか散歩というか、説明が面倒なのでトーマはごまかすことにした。


「狩りですよ、ほら」


 外套をめくって左腿の短剣を見せる。色白の男が鼻で笑った。


「だから言っただろ、どうせ土橋村のやつだと。戻るぞ」


 女はトーマに肩をすくめて見せると踵を返して来た道を戻った。

 色白男もそれに続くかと思ったら、少し行った先でトーマを振り返った。


「いくら街道沿いとは言え一人で狩りなんてするなよ。川からは危ない魔物も上がってくる。そんなちっぽけな武器じゃどうにもならんぞ。食いもんが無いならさっさとグロロウに戻ればいいんだ、お前らは」


 そう言い捨てて、男は去った。


 帰り道でトーマは剃刀イタチに襲われた。小物も小物、4階梯相当格の、大きさが普通の倍というだけの半水棲イタチだ。裏拳一発で頭蓋を砕いて殺し、魔石だけを抜いて残りはアクラ川に放り込み、村への帰り道を急いだ。

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