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第60話 ハシバミ

 レオニードはその端正な顔でこぶし一つ分背の低いクルムを見下ろした。


「この者たちは私の身を案じて、公務ではなく私事として同道してくれただけです」

「人望がおありなんですな。武器から手を離させなさい。緊張の糸は切れる寸前ですよ」


 指先まで金属で覆われた右手をレオニードが肩の上に挙げる前に、複合鎧の連中は武器から手を放し、おどけるように両手をひらひらさせた。


 司法官部隊の構成員だという男たちの階梯は30台半ばから、40を超えているものも居る。年齢は30に届いているものは居ないのではないか。

 高い階梯と、ちぐはぐなほどの若さ。ふてぶてしい態度を隠そうともしない。


「それで?」

「土橋村に、和平交渉の使者として書庫の賢者、七賢『雷光のラケーレ』殿の第一の弟子たるトーマ殿が向かったはずだ。その方は今どうしていますか」


 双子が揃ってトーマを振り返った。左手に装具に納められたままの短剣、右手に燃えかけの薪を持っているトーマを見て怪訝な顔をしている。

 薪を地面に投げ捨てて、双子を押しのけるようにトーマは前に出た。


「俺ならここにいる。用件は何か」

「おぉ! ご無事でしたか」

「土橋村の住人の皆は親切で、食事も寝起きするところも提供してくださり、何不自由なく過ごさせてもらっていますよ」

「それはよかった! では交渉の準備は順調に進んでいるのですね」


 レオニードはトーマの両手をとろうとするような仕草で近づいてきた。その笑顔は純粋な喜びに満ちているように見える。トーマは思わず一歩引いてしまった。


「準備と言っても、そちらの、グロロウ行政府の要求する条件など、まるで伺っていませんし」

「そんなものは、首領同士で話し合うべきことでしょう? 第三者であるトーマ殿は交渉の席を整えてくださるだけで十分です」

「そういうものでしょうか」



 書庫の賢者は原則的に政治権力とは距離を置く。利用することはあっても協力はしないことになっている。

 あくまで原則であり、世界中を敵に回すことなどできないのだから駆け引きや妥協も存在するだろう。4年前のトーマはそれが下手だったから逆に利用されそうになることが多かった。

 今回は上手くやらねばならない。トーマ自身の目的を可能な限り実現しなければならない。


「……ではこうしましょう。グロロウで外交を担当している役人か誰かを一人よこしてください。代わりにラウラ側も誰かひとり、グロロウに滞在させます。そして書簡のやりとりを通じて交渉の席をどこに、どのような形で設けるのかを詰めましょう」

「それには、どれくらいの期間が必要になります?」

「ひと月ほどでしょうかね」

「それでは遅い。遅すぎます」


 さすがに欲張りすぎか。ひと月あれば一門への連絡も容易と思うのだが。

 トーマのそんな思惑に気づくはずもないレオニードは話をつづけた。


「クローヴィス閣下は三日後の予定を空けております。24日の首領交渉実現のために今から協議を進めましょう」

「は……?」


 力強く頷き、胸の前でぐっと拳を握るレオニード。

 さわやかな笑顔に、トーマはなんとか舌打ちを堪えた。




 橋の上を意気揚々と進むレオニードの後を、トーマと双子はついて行った。

 先導するのはクルム。トーマが土橋村を訪れたときに状況は似ている。

 グロロウの衛士長、つまりクローヴィスや行政府の中心人物の安全確保をする衛士隊の指揮官である。別に外交の専門家ではないはず。この男が和平交渉の準備の仕事ができるなら、トーマの役割はいったい何なのか。


 ラウラの大幕屋の前で、クルムを4人で待つ。ディルがトーマだけ聞こえるように小声で話しかけてきた。


「なぁ、なんでこいつ平気な顔してんだ? 別に今やろうと思えば、やれるよな?」

「やめとけ、交渉の余地がなくなるだろ。ラウラがやると決めるまで手を出すな」


 クルムが幕屋に入る許可を伝えて中に戻った。ペトラシュから先に入り、レオニード、トーマ、ディルの順。常に二人以上の戦力で牽制し続けるための順番だ。


 ラウラは灰オオグマの毛皮の上に座っている。トーマと再会した時と違うのは、その右手が届く位置、大斧が装具から抜き放たれて置いてあることだ。


 前よりも少し奥まった位置に胡坐をかくラウラ。丸布団が一つ、3メルテの距離に置いてあり、それを囲むような位置に3つの丸布団。クルムは右側の内幕のそばによって立っている。


「衛士長が直々にお越しとは、恐縮しちゃうね」

「はじめてお目にかかる、ラウラ殿。レオニードといいます」

「まぁ座りなよ」


 レオニードは丸布団に座るのに、邪魔になる腰の剣を鎧の左腰の金属装具から鞘ごと外した。

 装飾の無い幅広の剣。柄も含めた全長は1メルテ無さそうだ。器持ちの剣としては大きすぎない、実用的な剣だ。


「衛士長って事は、クローヴィス閣下さまと直に話すこともあるんだろうね。三日後暇って本当?」

「本当です。私自身が警備計画を立てる立場にありますから、わかります」

「よし、じゃあ24日に会おうじゃないの」

「ちょ、待てよ!」

「なによトーマ」


 これではトーマの出る幕が無い。いや、そんな事はともかくあまりに性急だ。


「どこで会う気だ? 護衛は? 話し合った結果、何らかの約束ができたとして、どうやってそれを守らせる? 何も決まってないじゃないか」

「場所はそうだなぁ、西岸の幕屋を全部引き上げさせるから、そこでやればいいよ。交渉決裂ってなったとき、お互い自分の領域に逃げもどりやすいでしょ? 護衛は4人まで。それ以外の戦力は1キーメルテ以内進入禁止で。トーマが書庫の賢者を代表して第三者として約束を見届けるってことで」


 ラウラは一気に話した。まるで元から考えていたかのような、完成された案だ。


「よさそうですね。閣下にお伝えします」


 レオニードが右手で剣を拾って立ち上がったので、トーマも双子も立ち上がった。グロロウの若き衛士長は左腰に剣を装着した。


「三日後、立会人をよろしくお頼みします。平和のために」


 今度こそ、トーマの右手をとって握手をするレオニード。その切れ長の目の瞳の色はハシバミ色だった。


 直接首領交渉の段取りがこのまま終わりそうになったので、トーマは最後に一つ条件を提案した。護衛は階梯が45以下の者に限る、という条件だ。

 グロロウ側の護衛に、あのロベールが出てきてしまうのは避けたかった。ロベールでなくても階梯を限定しないと、いざという時トーマの手に負えない『器持ち』が出てくる可能性がある。


 土橋村側もボリスが護衛に付けないという問題があるが、瞬発的な接近戦においては70歳を超えた老人が頼りになるかどうか、微妙なところだ。ロベールのとボリス、天秤にかければロベールの脅威の方が重い。


 トーマの条件も認められ、入ったのと同じ順番で外に出る。

 レオニードの後について外に出ると、そこにはソフィアが(たたず)んでいた。


「お久しぶりです。お元気そうで安心しました、母さん」

「……あなたも、無事なようで何よりです。レオ」


 金属鎧で覆われた背中と、その持ち主を見つめるソフィアの言葉にならない表情。

 トーマはその二つの間で目を行ったり来たりさせた。

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