第59話 双子の事情
目を覚ますと幕屋の中にはトーマ一人しか居なかった。
ディルとペトラシュの幕屋にはトーマ一人が入り込んでも十分なくらいの広さがあったが、とにかく汗臭かった。敷き詰められた毛皮にわずかに残る獣臭もあいまって、夜半過ぎまで眠れずにいた。
地面と幕屋との隙間から陽光が差し込んでいる。入口の幕をはぐって外に這い出すと、久しぶりの青空。土橋から少し左に昇っている朝の太陽が眩しい。
近くでペトラシュが火を焚いている。座っているのは半割にした太いマツ類の丸太だ。
「いい朝だな。ペトラシュ」
「あぁ」
焚火の傍には煤で真っ黒になった湯沸かしの金属瓶が置かれている。枝で薪をつついて位置を調整をしながらペトラシュは大きなあくびをした。
「寝不足か?」
「お前のいびきがうるさいからだろ、小さい形してがーがーと……」
「え……」
「横向きに寝る癖をつけたほうがいいぞ。いびきが少なくなる」
今までいびきを指摘されたことは無かった。老化だろうか。初めてのことにトーマは気まずい思いをする。
「……悪いことしたな」
「まぁいい。疲れることでもあったんだろ」
「ディルはどこ行ったんだ?」
「荷改めの手伝い」
近くの森でてきとうに用を足す。
すっきりしてからトーマが橋の方に行ってみると、戦鎚を肩に担いだディルが体格を見せつけるように、ズボンしか身に着けていない半裸の男たちににらみを利かせていた。
「何してるんだ?」
「あ、起きたのかトーマ。お前いびきがうるせーよ」
「悪かった。それよりなんだこれ」
「荷改めだよ。変なもん持ってないか確かめないとな」
「ここまでやるものなのか?」
「向こう岸は女子供だらけなんだぜ? それに、グロロウから来た人間だからちょっと神経質になんのはしかたねえよな」
土橋はグロロウから6キーメルテの位置にあるという。
他に近い人里はライマーン方面の酒を造っている集落で、150キーメルテほどは南だから、朝に橋までたどり着くのはだいたいがグロロウから来た者という事になるだろう。たまたま近くで野営していただけという事もありない事ではないが。
半裸の男は全部で4人。荷物は橋のたもとの枯れ草の上に広げられていた。しゃがんで見分しているのは痩せて目つきの悪い男。立ち上がり、「問題ねぇ」と一言。
武器を持った見張りの男たちに服を返してもらい、ラウラの橋の利用希望者たちは寒さに耐えられないというように、慌ててそれらを身に着ける。
「終わった。食いもん取ってこようぜ」
ディルが森の方に行くので、まさか今から狩りなのかと思ったが、十数の幕屋が立ち並ぶ範囲の西のはずれにでかい四足獣の死体が転がっていた。皮をむかれて蒸し焼きになっている。
「あばら肉は残ってねぇなぁ。腿でいいか? 脂っけがないけど」
「何の肉だ、これ」
「なんかシカの仲間じゃねえの?」
何かの死体の蒸し焼きは集められた砂利の上に転がされている。
そばには大きな穴があった。この穴に焼けた岩か何かと一緒に埋められて蒸された、丸焼きならぬ丸蒸しというわけだ。
足先と首が切り取られていても2メルテはある。ただのシカはもっと小さいので、この死体は魔物だろう。死んでしまえばたいして変わらないのでトーマも気にするのはやめにした。
腰のナイフで半キーラムほどの内腿肉を切り取って、タダの朝食をありがたくいただくことにする。
ペトラシュが火を焚いているところに戻り、しゃがみこんだ態勢で肉を齧った。何の味付けもされていないシカか何かの肉。血抜きさえされていない。だが殺したてをすぐ調理した肉は、鉄臭さはあるものの腐敗臭などは無く、それなりの味で栄養豊富だ。
ペトラシュの淹れた松葉茶をすすりながら、トーマはどうでもいいことと思ったが一応聞いてみた。
「二人が土橋村に参加しているのはどういう事情なんだ?」
「逃げて来たんだぜ、グロロウからな」
「そうか」
おおかた何か軽い罪でも犯して、捕まるの嫌さの逃亡犯というところか。
ペトラシュがディルの後を引きとって話し始めた。
「俺たちは12年前にクローヴィスが作った養成所の最初の生徒だ」
「兄弟二人とも『武技系』に目覚めた俺らは、養成所じゃ怖いもん無しだったぜ」
手に持つ武具や己の肉体に余剰マナを流し、強靭化する類型の異能を武技系異能、それを持つ『魂の器』も、また「武技系」と称する概念はトーマも知っている。
武器の強化と体の強化は少し違う事のようにも思うのだが、いわゆる前衛型とそれ以外の『器』を分ける考え方として分かりやすくはある。
「養成所ってのはなんだ?」
「身寄りがないガキを集めて『器持ち』として育てるんだよ。14歳で魂起こしを受けて、4年で20階梯まで上げさせられらた。大人が次々に魔石をくれるから、簡単なもんだった」
ラケーレに修行させられていたトーマと、同じくらいの成長速度だ。
成長期の肉体の変化を抜きにしても、年間3割近く筋肉の出力が上昇していくのだから、感覚がなかなか付いて行かなかった記憶がある。
急激すぎる階梯上昇はかえって毒となり、体が動かなくなる。五芒星力不適応症、通称『贅沢病』だ。
自分でも実戦をこなしているなら、年間5階梯というのは『贅沢病』の心配をするような上昇頻度ではない。だが特に前衛で戦う戦士なら、体を動かす感覚がおかしくなるほどの急上昇は戦力向上という観点では無意味になりかねない。
「そんで、養成所を出てからも二人で好きにやってたんだけどよ。なんだか契約だとかで毎年階梯上げの報告をさせられて、鬱陶しいったらなかったぜ」
「ん? 12年前に養成所に入ったってことは卒業して8年だろ。その後の上昇遅くないか。10しか上がってないじゃないか」
「しかたねぇだろ。30階梯になったら司法官部隊に入れられることになってたんだ」
二人の話によると司法官部隊とはグロロウの治安維持を担う戦力で、指揮する司法官は執政官と同等の地位を持つ。という事になっているが、実際はクローヴィスの飼いイヌ同然らしい。
「つまり養成所出身者は30階梯になったら契約でその司法官部隊に入れられることになってるわけか。そうでない住人も30階梯になると兵役があるって聞いたが」
「俺やディルみたいなのじゃなく、お行儀のいいのは衛士隊のほうに引っ張られる」
「兵役だけだったら逃げなかったぜ、俺はな。多少危険でも魔物相手ならいくらでもやってやる。司法官部隊は他所に逃げた契約違反者を追いかけて制裁することまで仕事の内なんだ。魔物だらけの世の中で、人が人を殺さなきゃならねぇ契約ってなんだよ。胸糞わりぃだろ?」
木椀で松葉茶を飲みながらペトラシュも頷いていた。
「司法官部隊が来たぞ! 集まれ!」
北の方から男の怒鳴る声が聞こえた。トーマは双子の幕屋に急いで潜り込んで、昨晩寝る前に外していた短剣をひっ掴んだ。
再び外に出て、ペトラシュの焚火からまだ形の残っている薪の燃えさしをつかみ出す。熱い。
トーマの『耐久』では耐えられない温度で、右手を少し火傷してしまった。
幕屋が建ち並ぶ範囲を出て、さらに北。アクラ川を遡る方向、数十メルテの位置で土橋村の『器持ち』たちが30人以上集まっている。
「何しにきやがった」「やるのか、このガキども」「ぶっ殺すぞ」との声。最後のを言ったのはディルだ。
薄汚い男たちの間を縫って、双子の体の隙間から見ると、9人の『器持ち』が武技系を前線、魔法系を後列に陣形を組んでいる。武技系の5人のうち4人が着ているのは、黒い革と鉄を組み合わせて作られた揃いの複合鎧だ。それぞれの武器に手をかけている。
中央の一人、短く刈り上げた金髪の若い男が一歩進み出る。複合鎧ではなく、関節部の細工も細やかな全身板金鎧だ。
「事を起こすつもりならこの人数で来たりはしない! そこまで貴君らを見くびってはいない!」
肩に手を置かれて、トーマは振り向いた。鉛色の髪に寝癖を付けたクルムがトーマの右側をすり抜けて、双子の間もすり抜けて最前列に出た。
「なぜ衛士長のあなたが、司法官部隊を引き連れているのです? レオニード殿」
金髪の全身鎧の男、レオニードの『魂の器』は【剣士】。35階梯ほどだろうか。
2万人規模の都市の衛士長という地位にふさわしい階梯ではないが、【剣士】であればあり得なくもないかとトーマは思った。
【剣士】こそが、武技系で最強の『魂の器』である。それが一般的な常識であるからだ。




