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第57話 矢倉塔造り・結

 ボリスが塔の反対側に周ったので付いて行った。

 ボリスは杖を横にして持つ。杖の円柱に付いている飾りのように飛び出た部分を数回ひねり、引いた。親指ほどの金属棒が抜けて中から水がこぼれる。

 円柱状の金属容器に開いた穴は、杖に接続してある側とその反対側の2カ所。その両方を親指でふさぎ、ボリスは数秒動きを止めた。


 ボリスが右手の親指を抜いて、杖を握った左手の方は穴に突っ込んだまま、杖を矢倉塔に向けた。反対の穴から澄んだ水が飛び出したと思うと、瞬時に加速。土色をした矢倉塔に突き刺さる。

 単水精霊中魔法登録05号『水鞭(ニーロヴィーポ)』。水が細長い帯状に吹き出しているだけように見えるが、帯は互い違いに高速回転するたくさんの小さな渦巻で構成されていて、魔物の表皮を容易に切り裂く破壊力を持つ。


 ボリスの水鞭が10秒ほどかけて、壁を楕円になぞった。人間が一人通りぬけられるくらいの大きさだ。トーマが近づいて、その部分を押してみるとぼこりと外れ、ズシンと音をたてて内側に倒れた。壁に空いた穴からは泥水が流れ出る。

 トーマは中を覗いてみた。


 ラウラが変形させた土の山。矢倉塔というか、その原型になるのだろう。

 直径4メルテ、高さ6メルテ。厚さ半メルテの円筒状の構造物だ。


「邪魔じゃぞ」

「あ、はい」


 トーマが退くと、残っていた男たちが板鋤で塔の入り口の形を整えだした。

 『器持ち』が使うための頑丈な刃先のついた板鋤で、ガツガツと下部を削って地面と高さをそろえると、中に残っていた泥がさらに流れ出した。

 なぜ入り口を村から見て反対側に作るのかよくわからないが、拡張計画の都合なのだろうか。

 村の住民の一人だろう、50がらみの男がボリスに寄って来た。


「旦那。灰土、もってきやしたぜ」

「うむ。今行く」


 一抱えもあるような大きな樽が3つ、いつの間にか運ばれてきていた。

 中身は灰色の泥のような物。男たちが一つの樽の中身を矢倉塔の根元にぶちまけ、鉄のコテで壁に塗り始めた。トーマも手伝った方がいいのかと思って近寄ると、ボリスが腕を掴んで止めた。


「素手で触れるなよ。かぶれるぞ」

「えぇ…… 何なんですか、あれ」

「純度の高い火山灰地層から掘って来た灰土に、ある鉱物と砂を混ぜた物だ」


 橋や村の壁の表面もこれが塗られているのだろう。作業をしている男たちは雑な作りの分厚い手袋をしている。



 数人がかりで樽一つ分の灰土が塗り終わったようだ。円柱状の壁の西側半分、トーマの背の高さくらいまでが塗られている。金持ちの家の塀に塗られる漆喰のようにも見えるが、表面が滑らかに整えられてはいない。

 ボリスが近づいて、灰土が塗られた部分に右手の小指を突き刺した。素手で触ってはいけないのではないのか。


請う(エルク) 地の精(ファンゲノモス) 細かく融けて(パウンデュリアン) 水と結んで(ダイ ウンディ) 疾く固まれ(ヒャテル メトン) 巌のごとく(デルマ ギアイア)


 ボリスの唱える呪文には水精霊の名が混じっている。これは単地精霊魔法の呪文ではない。発声詠唱と同時に水精霊への呼びかけを思考詠唱している、複合精霊魔法だ。

 呪文が終わると同時に、塗られた灰土全体から沸騰する湯のように湯気が噴き出した。ボリスは汚れた小指を口に含んで、唾を地面に吐いた。


 5秒ほどで湯気が収まった壁面に、トーマは近づいて手を触れてみた。熱いが耐えられないほどではない。拳で軽く叩いてみる。橋や村の壁と同じく、岩のように固まっている。

 トーマは壁に触れながら、首だけでボリスを振り向いた。


「なんじゃ、アホ面をして」

「なんです、この魔法は。あんた、火精霊適正ないでしょう。まるで灼岩だ、一度溶かして、冷やし固めたみたいな……」

「灰土は塩水を混ぜて練ればあとは勝手に固まるんじゃ。熱が出るのは自然現象で、魔法とは関係ない。今のはそれを早めるための魔法でしかない」



 地魔法で固めただけの土の構造物は、土の質にもよるがそれほど強度を持たない。砂と粘土が多いこの辺りの土は比較的強固な構造物を作れるが、あくまでも土であり強い雨に振られれば緩んで溶けて崩れてしまう。数か月の単位で使えるようなものは作れない。


「灰土ですか……。すごい素材ですねぇ」

「グロロウでは50年前から建築に使われているぞ。前領主賢者のブルスタが書物から発掘した古代の知恵じゃな」

「実在の書物ですか?」

「なんじゃ実在の書物とは。実在じゃない書物があるか」


 知識の発掘といえばトーマは≪書庫≫のことを考えてしまう。


 原初の二賢者カノー・ヤスアキとマチルダ・ジョイノアの『書庫通信』があったとされる460年前。東方地域よりもさらに東、極東と呼ばれる遥か異境に生きていたと言われるカノー・ヤスアキの実在は今、≪書庫≫深奥にしか確認されない。

 300年程前に極東の賢者達は自分たち独自の新たな≪書庫≫を構成し、大陸西側の≪書庫≫体系と分裂したと言われている。理由も方法も不明だ。

 トーマの師匠であるラケーレは300年以上前の極東賢者たちが残した異境の知識・記憶の発掘を生涯の趣味としている。



「この灰土とボリスさんの魔法があれば、ラウラが居なくても橋は作れたんじゃないですか?」

「灰土だけでは無理じゃな。材料がそこそこ貴重で、量がそんなに用意できん。岩塩の代わりに海水が使えれば少しはましなんじゃが…… 芯を土ではなく木材にして、表面だけ灰土で覆う? いやそれなら別にただの木橋で構わんか」

「ラウラのあの、でたらめな魔法が無くても、あの規模の橋を作ることは可能だってことですか」

「……ワシは建築の専門家じゃないから知らん。ともかく少人数、200日足らずでアクラ川に橋を架けたのはラウラが居てこそできた離れ業じゃな」



 矢倉塔東側にも灰土が新たに塗られている。高さ6メルテもある塔の上の方はどうするのかと聞いたら、足場を組んで塗ることになるという。(から)になった樽は村に返されて、新たな灰土を入れて運ばれてきた。「一日仕事になる」と首を回すボリス。

 足場のくみ上げを手際よくこなす『器持ち』や、そうではない男たち。

 トーマにできることはなさそうだった。


 宿に戻って、寝床に横になった。驚くことの連続で、まだ昼前だというのにトーマはどっと疲れてしまった。




 一休みしてからラウラに会いに行った。ラウラが橋を作りはじめた経緯はおおむねボリスから聞いた話の通りだった。


「ボリスさんは元々グロロウの人間だったんだよな? あの力から言って高い地位を得ていたのは間違いないと思うんだが。なんでラウラのいやがらせに協力することになったんだ?」

「いやがらせじゃないってば。自由な交通権の確立運動」

「うん。それで」

「クローヴィスに批判的な態度のせいで役職には付いてなかったらしいよ。それでもグロロウの戦力としては欠かせない人物だったらしいけど」

「俺が聞いてるクローヴィスの問題ってのは、階梯上げに住人の『器持ち』を駆り出して危険な目にあわせるって事くらいなんだが、他にも問題があるのかな」

「アタシが捕まりそうになったことだって問題でしょうが。まぁ全体的に強引って事なんだと思うよ。自分で酒を流通させといて、酔って間違いを起こした人を強制労働させたりね。政敵に対する暗殺疑惑もあったり」


 土橋村側からの意見だけ聞く限り、クローヴィスはあまり親しみを持てるような人間ではないようだ。

 トーマは書庫の賢者、『七賢』継承の条件その3を思い出した。

 権力の座にあってそれを貪る【賢者】。それが≪書庫≫に害をもたらす存在だった場合は、トーマの殺害対象になりうる。

 グロロウの執政官を名乗る男は、≪書庫≫に対してはどんな態度の人間なのだろう。場合によっては、この土橋村問題はトーマにとっても直接関りが出てきそうであった。

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