第56話 矢倉塔造り・転
2刻間作業を繰り返した結果、直径6メルテ高さ3メルテの土山が出来上がった。これを突き固めたとしても別に防御施設にはならない。男たちの半数は村の方に帰ってしまい、残りは休憩に入った。
ボリスは土山のふちに腰かけて休んでいる。トーマはラウラに会って聞くはずだったことを思い出した。
「ボリスさん、ラウラが橋を作りはじめた経緯ってわかりますか?」
「いやがらせじゃな」
「は?」
ボリスはトーマに向けて、孫の下らないいたずらを目撃した祖父のような苦笑いを向けて来た。
「クローヴィスは複数の賢者を飼っておる。魂起こしをさせているだけでなく、訪れる者を魔眼で監視させて未解明の『魂の器』を持つもの探し出し、強制的に研究に協力させている。去年の夏、グロロウを訪れたラウラも当然それにひっかかった」
「ラウラは拘束されたんですか?」
「されなかった。衛士相手に暴れまわり、渡し船の顕現精霊使いを脅して無理やり東岸に渡って逃走した。20歳そこそこの小娘が、熟練の器持ちで構成された衛士隊をひきずりまわしたんじゃ。最初に聞いた時は信じられんかったな」
「そのことを恨みに思っての、いやがらせだと?」
「自由な交通の権利のためとか言っておったが、要するにグロロウの有り方、クローヴィスのやり方が気に食わんかったんだろう。あの小娘は好き嫌いだけで動く、ヤマネコのような生き物だな」
ラウラの『魂の器』、その異常性の理解には様々な段階がある。
【賢者】保有者でなくとも近くで活動するところを見れば、年齢のわりに力が強すぎることに気づく。
賢者であれば「魔眼」で見て≪書庫≫に記録されていない不明種であることが分かる。クローヴィスもここまでは理解していることになる。
そして格の低い魔石で階梯が上がる。実際は階梯の割に『五芒星の力』が大きすぎるということらしいが、その様を見てさらなる異常性に気づく。
ボリスもそこまでは知っている。
おまけにその『魂の器』が親子間で継承されるというとんでもない特性をトーマは本人から聞いている。ラウラの『魂の器』はあとどれほどの秘密を隠しているのだろう。
「お、ラウラ様が帰って来たぞ」
休憩中の男たちの一人が言った。見れば東につながる街道の向こうから真っ赤な髪を振り乱したラウラが駆けてくる。森の切れ目から300メルテ弱を一気に駆け寄る。
土山の周りは土を集めるために、広い範囲が凹んでしまっている。表土が剥げて色の違う地層がむき出しになってしまっているその6メルテほどの部分を、ラウラは2歩で越えた。
「いやー、やっぱり手頃なのは近くに居ないわ。川の大物でもおびき寄せてみようかな」
「危ないことを考えるんじゃないよ」
「あ、トーマ」
ラウラの背中に背負われている斧は4年前のものより一回り大きくなっている。けして小さくはないラウラの背中の左右から刃がはみ出している。
「ラウラよ、矢倉塔にする土はこれくらいでいいな?」
ボリスに問われて、ラウラは土山を見上げた。
腹の部分にある金具を外し、斧を納めている装具を解いて、そのままトーマに渡してきた。斧は柄の長い総鉄製で、バカみたいに重い。20キーラムはあろうか、トーマには武器として振り回すのは考えられない重さだ。
積み上げられただけで崩れやすい土山をよじ登ったラウラ。今日も裸足だ。ぐるりと土山全体を見まわした。
「多いね。でもまぁいけると思うよ」
ラウラは跪くと、土山の頂上に両手を着いた。
「地中のご立派な精霊さん! その偉大な御力を、アタシのために顕して、思った通りの形になってくださいませ! 代わりにマナをぜんぶ食べちゃってもいいからね!」
トーマは思わず「は?」と言ってしまった。
ラウラの言葉が終わると同時。土山が低く重い、地鳴りのような音をたて始めたと思うと、乗っかったラウラごと上に伸びあがるように形を変える。軟体動物が体を起こすようにして高さが倍になる。一瞬後、表面に泥水が湧き出すと流れ落ちた。
ラウラの斧をとり落としたトーマは、足元の泥など鑑みずに土山だったものに近づきその表面に触ってみた。薄く残った泥の奥に、水分が抜けてかっちりと固まった壁がある。
トーマは壁を触ったまま、首だけでボリスを振り返った。
「……は?」
「やはりこのでたらめは、おぬしが教えたものではなかったのか。最初に見たときはワシも仰天したもんだ」
「いや、呪文…… それはまぁ、いいとして…… 地固めは、地中だからできる事であって、地圧が利用できないのになんで、いや、変形の仕方も……」
「呪文もよくはない。ラウラは精霊言語の呪文を思考詠唱しているわけでは無いらしい。魔法原理はよくわからんが、現象としては精霊顕現魔法のそれに似ているかもしれん」
「ラウラは【地の導師】じゃないでしょうが! 顕現精霊魔法は使えないでしょうが⁉」
「導師系でなければ顕現魔法が使えないというのはよくある誤解だ。形作るだけなら誰でもできるし、鍛錬を積めば操ることもできる」
土山だったもの。矢倉塔からラウラが飛び降りて、斧を拾ってボリスに近づく。
「マナが空になっちゃった。だるいからお願い」
トーマより背の高いラウラよりもさらに少し背の高いボリスが、ラウラの額に掌を当てると目をつむった。10秒ほどそうして、掌を離す。
「これだけ? 半分も戻ってない感じだけど?」
「ワシもこの後仕事があるんじゃ。村に戻って休んでおれ」
ラウラはトーマが落とした斧を拾い、肩に担いで村の東門に向かって歩いて行った。
「は?」
「なんじゃさっきから。なにがおかしい」
「いや、今のなんです? 半分ってなにが戻ったんですか。まさか余剰マナの事ですか?」
「【魔蔵】は40階梯を超えるとマナを分け与える異能を新たに得るんじゃ。賢者のくせになんで知らない。何でもわかる力があるはずじゃろうが」
「……俺はそれを使うのが苦手な賢者なんですよ」
「使えんのぅ」
ひどいことを言うジジイである。
≪書庫≫が使えなくても、『五芒星の力』で勝てる部分が一つも無くても、トーマにはまだ『魂起こし』がある。完全敗北ではないのである。




