表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/96

第55話 矢倉塔造り・起

 雑な造りの長方形の食卓が2つ並べられ、それぞれに丸太椅子が数脚ずつ並べられた宿の食事処。雨は降っていないが、雨避けの天幕が上に張られている。

 宿泊客の半分はもう朝食を済ませてしまったのか、トーマを含めて座っているのは4人だ。

 宿の朝食は大ナマズ汁だった。育てば体長5メルテにもなる大ナマズは、アクラ川に落ちた人間の子どもを丸呑みにするような怪物であるが、驚いたことに魔物ではない。魔石を持たず、マナの恩恵も受けていないただの大きな魚だというのだから、つくづく水中というのは危険な場所である。


 弾力のある大きな白身の魚肉を噛んでいると、宿の女主人マラヤナが食卓の反対側、トーマの正面に腰かけ、「お口に合うかい?」と話しかけて来た。


「淡白な味でいいですね。アクラ川では漁業が盛んなんですか?」

「しゃんとした器持ちなら釣りくらいはできるけどね。魔物がおっかなくて船は出せないし、網なんかあっというに破られちゃうね」


 水辺に近づくだけでも危ないので、常人(つねびと)は大きな川では釣りもできない。


「聞いていいですかね、答えにくい事だったら申し訳ないんですが」

「なんだい?」

「さっきソフィアさんと行き会って話を聞いたんですが、土橋村にいる人たちはみんなグロロウから逃げてきた人だとか。マラヤナさんもそうですか?」

「逃げて来たとは心外だね。あたしのほうが見限ってやったのさ。クローヴィスの野郎は夫のカタキだからね」

「旦那さんが、殺されたんですか」

「グロロウでは階梯が30を超えた器持ちに兵役の義務があってね。街を守るための役ならあたしたちだって喜んで協力したけど、クローヴィスの階梯上げのために無理な遠征に駆り出されるなんてのは、筋が違うじゃないか。実際それで何人も死人が出て、参加を拒否した夫は逮捕に逆らって、殺されちまった」


 大勢の『器持ち』を引き連れての権力者の階梯上げといえば、ティズニールの領主夫人マールギッテの『御狩り』を思い出す。あの時は魔境と言っても日帰りの距離の森で、祭りのようなものだったが。


「亡くなったのはいつ頃のことですか?」

「5年になるかね。あたしは女だし、兵役は課されなかったんだけど、恨みを忘れた事なんてなかったよ。そんな時、あの大橋を作り始めたラウラ様に、ボリス様がはぐれ者を集めて協力する事になって、あたしも参加したわけよ」

「グロロウ側から妨害とかは無かったんでしょうか。南周り交易路はクローヴィスが整備したものなんでしょう? 橋ができることで東西交易路の主導権を奪い取る形になります」

「そりゃ東岸から作り始めたからね。渡し船で一度に送れる戦力には限りがあるし、そもそもあんな大きい橋を本当に完成させるってのが信じられないことだろ?」


 できるかどうかも分からない橋の建設を妨害するために、水棲魔物襲撃の危険のある渡し船で戦力を送ることはトーマでも確かに躊躇(ためら)うかもしれない。


「ラウラはなぜ、橋を作り始めたんでしょうか」

「それは分かんないねぇ。ラウラ様に訊きなよ」


 大ナマズ汁の残りを匙でかきこんで、食事を終えたトーマはラウラの幕屋に向かった。

 声をかけて中をのぞくと、ソフィアが奥から出てきてラウラは留守だと教えてくれた。行き先に当ては無いか訊いてみると、東門から外に出ているのではないかという。トーマも後を追ってみた。


 村の外に出ると、9人の男たちが門から少し離れた場所に集まっていた。

 中の一人はボリスである。50台後半の【魔蔵】。地精霊同調適正が『良』。さらに水精霊同調適正は最高位の『優』である。

 【魔蔵】は余剰マナの最大蓄積量が階梯に従って上昇するという、常時発動型の異能を持っている。

 それは見たことがあるのでわかるのだが、ボリスにはもう一つ異能がついているようだ。


 【賢者】が目覚めると同時に、保有者は『魂起(たまお)こし』の異能を獲得する。1階梯で『魂起こしの儀』を実行するのは無理だが、「魔眼」は使えることになる。

 そしてだいたい20階梯で≪書庫閲覧≫の異能を得て、40階梯でそれが≪書庫記載≫に変化する。

 『魂の器』には階梯が上がれば新たな異能に目覚めたり、既得の異能が変化したりするものが珍しくない。トーマはボリスほど高階梯の【魔蔵】に会ったことがないので、二つ目の異能がどういうものであるのか分からなかった。



 ボリスは昨日と同じ、黒染めの丈の長い服を着ている。

 戦鎚のように金属の円柱が横向きについている、変わった形の杖を持っていた。本当に戦鎚なわけはない。

 円柱は銀でできているようだが、金属の塊だとすれば重すぎる大きさで、それにしては柄にあたる漆塗りの木の部分が細すぎる。おそらくだが中に水を入れておいて、水魔法の媒介として使うのだと思われる。


「ボリスさん、いい朝ですね」

「む?」


 後ろから声をかけられて、ボリスが振り向く。ボリスの服はボタン等が使われていない。前合わせを重ねて帯で留める、東方風の様式のものだ。


「トーマとか言ったな。ラウラに魔法を教えたという賢者。間接的にだがこの土橋村の恩人ということになるらしいな。賢者殿と敬って呼ぼうか?」

「トーマでいいです。ラウラがどこにいるか知りませんか?」

「昨日の魔石で成長素を得て、もうすぐ階梯上昇かもしれないとなってな。魔物狩りに出ておる」

「一人でですか」

「あの力があれば、心配はいらんじゃろう」


 ボリスはやはりラウラの『魂の器』の異常性を知っているようだ。36階梯相当格の魔石で成長素を得ながら、50階梯に匹敵する力を持っているのだから、当然だ。「魔眼」でなくとも見ればわかると言っていいくらいだ。それでも魔境の森に一人で入るのはやはり危険なのではないかと不安になる。


 集まっている男たち、その中で地精霊に適性の高い者5名。20メルテほどの円を描くように広がって、中心を向いて地に手をついて呪文詠唱をしている。魔法として登録されていない『基本的ナマ・精霊力運用法』。森が切り拓かれて、弱々しく雑草が生える地面の黒ずんだ土が、ずずっと音を立てて陥没し、沈んだ分だけ陥没の向こう側に山が盛り上がる。


「何をしているんです? これ」

「ここに新たに矢倉塔を建てるのじゃ」

「へぇー」


 村を守るためなら、普通は門のすぐそばに建てるものと思うのだが、30メルテも離れたところに建てるのは村の拡張計画でもあるのだろうか。

 ボリスも参加して、円環状になるように土を盛る作業をしている。と思えば残りの男たちが板鋤で盛り上がった土を掬っては中央に向けて放り始める。土の中に混じる木の根などは抜き出して円の外に捨てている。


「あの、これどういう作業なんですか?」


 他の者が一度でトーマの腰の高さほどの山を作る中、倍の高さの土山を作っているボリスに近づいて聞いてみる。


「とにかく真ん中に土を集めればいい。見ていないで手伝わんか」


 言われたのでしかたなくトーマも作業に参加した。技量の限界まで地面にマナを注ぎ、地精霊の力で地形を変化させる。位置を変えつつ4度繰り返して、余剰マナが心もとなくなったので板鋤で土を移動させる作業の方に参加する。


「4回でマナ切れか? 40階梯にしてはマナ量が少ないな」

「地精霊適正は並しかないんですよ。余剰マナ総量じゃなく消費効率の問題です」

「どうであれ戦力にならんではないか」


 トーマはいささかムッとしてしまった。確かにボリスの『マナ出力』の大きさはトーマの倍近い。そのうえ【魔蔵】の異能で蓄積量が倍増しているのだから、そこを比べれば勝負にもならなかった。


「俺の得意は火・風の複合精霊魔法ですから……」

「ほう、3種適正か……」


 3種の精霊同調適正をもつものは『器持ち』の50人に一人だ。

 火と水、地と風という相性の悪い精霊の両方に適性を持つことが少なく、20人に一人しかいない。あっても適正は両方『並』止まりになる。

 それに加えてさらにもう一種類に適性が無いと3種適正にはならない。

 4種全てに『並』か『可』の適性を持つことも理論上はあり得るが、トーマは会ったことがないし、おそらくは実在しないのだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ