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第53話 肝臓

 太陽は既に土手の向こう側に沈んでいる。雲からの反射光でまだ明るいが、土橋村東岸はすぐ夜の帳に包まれるだろう。


「では我々は向こう岸に帰ります。このへんで」


 クルムが双子を引き連れて橋の方へ去って行った。

 クルムの使った異能・≪クモ≫は糸状のものを操作して動かし、それを何にでも接着することができるらしい。本人は「細い糸しか操れず、強度が上がるわけでもない。つまらない異能」と言っていた。

 自分の髪の毛を縒り合わせて作ったという糸の強度は、確かに一本であれば問題にならないが、さっきトーマを拘束したような使い方をされればかなり脅威だ。



 宿に案内してくれるのは豆茶を淹れた女性。名前はソフィアというらしい。

 幕屋の中よりは外の方がまだ明るいので、ソフィアがトーマより歳上なことが分かる。声の感じも40代の落ち着いた女性らしいものだ。

 赤銅色の長い髪が背中まで背中まで美しく伸びている。毛糸の肩掛けを羽織り、その下に袖の膨らんだ綿服を着て、下半身にはスカートを履いている。

 ラウラとは違う、普通の女性の格好であった。


 土橋村東岸。ここにいる人間は全員共通語が通じているし、民族的にもトーマと違いは感じない。だが、アクラ川を渡ってしまっているのだから、その意味ではここは東方という事になる。少し前までは西岸地域で階梯上げでもするつもりだったことを思えば、不思議な感覚だった。


 大小の幕屋の他に、北側に少し大きな建物と言うか、構造物があった。

 石を積んで腰ほどの高さの塀を巡らせて、頑丈そうな柱の上に板屋根が斜めに付けてある。中では火が焚かれて十数人の男女が作業をしているようだ。

 たぶん共同の調理場なのだろう。小さな幕屋では中で火を焚くのは難しい。この先、冬になったら寒さの対策は出来ているのだろうか。


 村を半円状に囲っている土壁は、東の端に出入り口が開けられている。中くらいの荷車がぎりぎり通れるほどの広さ。木組みの貧弱な障害物が門の横に転がしてある。

 門扉は無い。これがこの村の東門という事になるだろう。

 門の左右に鉄製の(かがり)台が置かれて火が焚かれている。門番らしき者はいない。

 橋の上から見た感じではアクラ川の両岸は多くの木が茂る魔境の森のようだったが、土橋村の魔物対策は十分なものなのだろうか。


 ソフィアが「こちらが宿です」と示したのは門の近くに建っている大幕屋だ。大きさはラウラの幕屋より少し大きいだろうか、直径でいえば10メルテほど。外幕は大きさや色も様々な革が縫い合わされたつぎはぎだ。

 小太りの『器持ち』の女が何か作業をしている。

 採光のための網、天窓のようになっている部分に外側から革幕を被せているようだ。垂れ下がっている何本かの紐を引っぱることで、幕を上げたり下ろしたりできる仕組みになっているのだろう。


 ソフィアが女に話しかけているのでトーマも傍による。


「マラヤナさん、こちらがトーマさんです。ラウラ様のお客様なので……」

「あらまぁ、なんだかかわいらしいコだね」


 トーマは中年以降の女には時々こういう言われ方をする。マラヤナと呼ばれた50がらみの女の『魂の器』は【冬眠】という名前だ。異能の名前も同じく≪冬眠≫。


 ある宗教では『魂の器』は「神が魔物と戦うために人間に与えた恩寵」と言われているが、ときどき魔物と戦うのに何の役に立つのかと、疑問に思わざるを得ない異能もある。

 ≪冬眠≫もまさにそれで、階梯の高さに応じて長い期間、食事など補給抜きで眠り続けることができるというものだ。

 マラヤナの階梯は30代半ばなので、2週間以上は眠り続けられるはずだ。だから何だという話であるが。


「トーマって言ったね、あんたの『器』と階梯は?」

「【賢者】の40階梯、です」

「えーっ! 賢者! さすがラウラ様、顔が広いわねー」


 ソフィアはあまり驚いていないように見える。最初にクルムがトーマの到来を伝えたときに、ラウラの幕屋の中でトーマの素性については話し合っていることが考えられるので、聞いていてもおかしくない。


「賢者って言ってもグロロウのブタどもとは全然違うね。引き締まってるし、戦う男の気配があるよ。40階梯なら宿賃はいらないね」

「ありがたいけど、どういうことです? 払いますよ、別に」

「この宿は戦力になるお客は安く泊まってもらうのさ。その代わりなにか起きたら一緒に戦ってちょうだいね?」


 トーマは気の休まる寝床を頼んだはずだ。約束が違うと言いたかった。

 門のすぐ近くに宿屋があるのは、宿泊客を警備兵代わりにしようという意図なわけだ。

 トーマよりも背の低いマラヤナは、服装はソフィアに似たような様式だ。服の上からでもその腕が筋肉質であること分かる。小太りに見えるのは中年太りではなく、戦士として現役という事なのかもしれない。


 トーマが門に目をやると、ちょうど誰かが外から帰って来た。

 一人の男が荷車を引き、二人が後ろから押している。頑丈そうな荷車の上には何かがいっぱいに詰まった麻袋がたくさん載っている。3人の男たちはみな『器持ち』で30階梯を超えているようだ。『器』の種別も見てみようかと思って「見て」いたら、3人のあとから門をくぐった男を見てトーマは驚いた。


 トーマが最近会った中で最も『速さ』が大きかったのは双剣使いロベールだ。

 だが今まで出会った中で最も『マナ出力』が大きいのは、東門から入って来た、あご髭も頭髪も、長くまっすぐに伸ばした総白髪の男だ。

 50階梯を大きく超えた『器持ち』なら師匠のラケーレもそうなのだが、『書庫の賢者』は一人でも戦える総合力を重視するため『五芒星の力』はおおむね均等型だ。この男のように魔法型に大きく偏った者はいないのだ。


 右手に何かの死体を担いで、左手におかしな形の杖を持った総白髪の男がトーマたちの方に歩いて来た。


「ソフィアにマラヤナ、いい所で会った。こいつを皆の口に入るよう、配分してくれんか」

「ボリス様、それは?」


 ソフィアにボリスと呼ばれた男は、遠目には体格も立派で、しゃきっと背も伸びて若々しく見えた。だが近くで見ればその髭や髪の毛があらわす通りに立派に老人のようだ。60歳を間近にした師匠ラケーレより年上なのは間違いない。100キーラム以上の重さはあろう魔物の死体を、足元に下ろした。


「灰土をとってきた帰りに出くわしてな。土打ちヤギじゃ。内臓も抜いていないが、頼む」


 地面に転がる死んだ魔物は土打ちヤギだという。トーマは知識として知っているだけで見るのは初めてだ。頭の横をぐるりと巻いて前方に尖る硬そうな角。毛を刈られた羊のような体はそれほど巨大でもなく危険な魔物には見えない。

 だが、どういうふうにかは知らないが地精霊力を利用する魔物らしい。恐ろしく素早く動くために、手頃な獲物と勘違いした狩人がよく返り討ちにあうと聞く。


「この大きさだと、みんなの口に入れるにはちょいと足りないよ。あたしが買い取って、良いようにしてもいいかね?」

「む、そうか。まぁそれでも良いだろう。ワシはこいつの魔石を小娘に早く食わせなきゃいかん。では」


 土打ちヤギの喉は切り裂かれていて、それが致命傷のようである。

 内臓は抜かれていないと言っていたが胸部は割られている。魔石を取った跡だろう。

 土打ちヤギは体格のわりに魔石の格は高く、たしか36階梯相当のはずだ。

 持ち手の上に大きな円柱型の金属容器のような物が付いた、変な杖を突いてボリスは村の中央に向かって歩き去った。

 トーマはソフィアに訊いてみた。


「あの方が言っていた小娘と言うのは……」

「ラウラ様の事です。失礼にお感じかもしれませんけど、ボリス様にとってはお孫さんの様な年齢ですから……」



 ラウラの階梯はトーマの「魔眼」では看破できない。階梯と力の大きさがまるで釣り合わないからだ。

 ラウラは36階梯相当格の魔石でまだ成長素を摂れるのだろうか。



 トーマはマラヤナが買い取った土打ちヤギの死体の解体を手伝わされた。疲れていると言いたかったが、宿賃を払わないことになっているので断りにくい。

 夕食は新鮮な肝臓の鉄鍋焼きだった。臭みも無くとろけるように焼けた肝臓と麦粥を一皿食べて、トーマは床に就いた。

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