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第52話 クモ

 ラウラは4年前自分の階梯を21だと言っていた。にもかかわらず、当時のラウラの『五芒星の力』の大きさは33階梯のトーマに匹敵していた。

 ラウラの階梯と力の大きさの関係はよくわかっていないが、4年間で大きく差をつけられてしまっていることに、トーマは少し動揺してしまった。


「ラウラ、今は何階梯になったんだ?」

「最初に訊くことがそれ? まずは座ってちょうだい、トーマ」


 笑いながらラウラは灰オオグマの毛皮の上にたくさん積んである丸布団をほうってよこした。尻の下に敷いて座れという事か。


 幕屋には床が無かった。足元の地面はきれいに均されて硬く引き締められている。これも地魔法を使ってあるのかもしれない。

 トーマは背負子(しょいこ)の荷物を入り口のそばに下すと、ラウラから2メルテほど離れた正面の位置に丸布団を置き、その上に座った。クルムも、ディルとペトラシュの双子の兄弟も、トーマの後ろの地面に直接腰を下ろす。



 何から話すべきなのだろう。

 4年前の別れ方が唐突すぎた、その理由を訊こうか。それよりも、親子間で継承されるというラウラの『魂の器』の謎を探るべきなのだろうか。


「トーマも橋を渡ってきたんでしょ? どうよ、すごいでしょあれ」

「すごい。いったいどういう魔法を使えばああなるんだ?」


 地魔法と言うのは基本的に地中の圧力を利用するものなので、地上に構造物を作る事には向いていない。まして橋とは水上に作るものだ。トーマの魔法の知識にあの土橋を作れるような地魔法は無い。


「大変だったよ。地精霊力を宿らせたままのおっきい土球を作ってさ、壊れないように表面を固めてから、転がして運ぶの」

「うむ、それで?」

「そんでこう、にゅるっと土を変形させて少しずつ形を作っていくわけよ。一日に5メルテくらいずつしか作れなくて、すごい時間かかったよー」

「にゅるっと? ってどういうことだ? なんて名前の魔法だ?」

「ん? 名前なんてないけど」


 どういうことだろうか。橋の建設が可能な特殊な魔法を優秀な地魔法使いに教わったのではないのか。

 『書庫の賢者』であれば、編み出した魔法は名をつけて≪書庫≫に登録する。

 登録名が無くても、きちんと精霊言語の呪文を唱えさえすれば魔法は発動するので、名付けするかしないかは魔法使いによるのかもしれない。

 トーマとしては名前があった方が発動に勢いがつく気がして好きなのだが。


 「入ります」と声がして、ラウラが「うぃ」とてきとうな返事をした。

 ラウラの背後の幕が持ち上げられ、女が蓋つきの金属瓶を持って入ってきた。金属瓶の注ぎ口から湯気が細く立ち昇っている。右奥の隅にある小さな卓の上で、何か飲み物を作ろうとしているようだ。


「ラウラ様。トーマ殿に訊いておかねばならないことがあったはずでは」


 背後からクルムがラウラに話しかけた。


「俺に訊くこと?」

「あー。トーマが土橋村に来ることになった、事情? 経緯? みたいなこと」

「そういうことか。ラウラはロベールって男を知っているか?」

「知らない」

「ラナデセーノでのあの件の時、ディミトリエの手下をやっていた双剣使いだ。今はグロロウ行政府で働いているらしい。そのロベールに頼まれて、土橋村に来たんだ」


 ラウラが右の目じりを2度指でこすった。虫でも止まったのかとトーマは思ったが、そのまま話は続いた。


「あぁ、あいつ。ロベールって名前なんだ。知ってる。こっちでも何度か見掛けたよ」

「ライマーンでロベールに会って、土橋村とグロロウが対立してるという話を聞かされて、指導者がラウラだって教えられた。交渉の仲介人になってくれと、俺は言われている」



 豆茶を淹れる香りがしてきた。奥に目をやると金属瓶を持ってきた女が動きを止めてこちらを見ている。暗いので年のころは分からないが上品な身なりをした女だ。華奢で、日常的に力仕事をしてきた体つきではない。


「交渉って? どういう交渉?」

「紛争とか戦争とか、そういう荒っぽいことにならないようにっていう交渉じゃないか?」


 「じゃないかとはなんだ」「無責任だぞ」と双子が同じ声でわめいている。

 そう言われても実際にトーマには事情がほとんど分かっていないのだ。三日前にラウラの事を聞いて、とりいそぎ駆け付けただけというのがトーマの現状だ。


「ロベールの話では、土橋村の人間が橋を通る交易商人に無体なことをしているとか。荷を取り上げたり身柄を拘束したり、そういうことは実際にあるのか?」

「あるよ。治安を守るために怪しい奴の荷物を改めることはあるし、明らかな盗品とか矢場い物が見つかったら没収もするし、逮捕もする」

「身代金を要求するとかいうことは?」

「それは無いね」

「ふむ……」


 ラウラが建てた土橋であり、ラウラが指導者をしているのがこの土橋村であるなら、どういうふうに法や掟を定めていようとラウラの勝手ではあるし、倫理的な問題は最初からトーマにはどうでもよかった。


「ラウラって今何歳なんだ?」

「先月誕生日で、22歳になった」

「……その、君の『魂の器』については、ここで話してもいいのだろうか」

「え? いや、駄目だけど」

「そうか……」


 『魂起こしの儀』で『魂の器』を目覚めされるには年齢的な制限がある。小さな子供に魂起こしを施しても成功しないらしい。やった場合にどうなるのか、トーマはそんな実験をしたことがないので知らない。

 書庫の賢者内では体が大人の(しるし)を示してからでなければやってはいけないことになっているし、実際はさらにもう少し体が育ってからするものだ。トーマの場合も14歳で受けたし、ここにいる『器持ち』も全員そんなものだろう。


 図体がでかいので分かりづらが、ディルとペトラシュの双子はトーマより少しだけ年下のように感じる。それで約30階梯までになっているのは、平均以上の成長速度と言える。

 数人で隊を組んで年間数十頭の魔物を狩り、金も稼ぎながら一年に2つか3つ階梯を上げる。それが現役で意欲的な『器持ち』の普通の生活だ。


 ラウラは『魂の器』を得ておそらく10年経っていない。

 トーマのように「魔眼」で『五芒星の力』が見えるわけでは無くとも、ラウラの異常性は、そばに居る者ならすぐに気づくのではないだろうか。本人が嫌と言っている以上は言及しないが。



「俺は交渉の仲介に立てと言われて来たわけだけど、まだグロロウに足を踏み入れたこともないし、執政官を名乗るクローヴィスに対して親近感があるわけでも何でもない。そう言えば仲介の報酬についても聞いてなかったな」

「じゃあ結局のところ何しに来たの?」

「グロロウが近いうちに土橋村に対して実力行使に出ると聞いたからだ。……あー、つまり最初から俺は中立じゃない。……ラウラのためにここに来た」

「そうなんだ……、嬉しい」


 わざとらしい声を出してラウラが立膝のまま両手のひらを頬に当てた。

 『不明種』自体は珍しくも無いとはいえ、ラウラのそれは別格だ。齢22歳にして50階梯に匹敵する力。師淑アルスランの言った通り世界の有り様を変え得る『器』。

 『書庫の賢者』一門の中での扱いが決まるまで、保護・保全しなければならない。


 そのことに言及するのを禁じられたせいで、なんだか色恋沙汰の様な言い様になってしまった。後ろでバカ双子のどちらかが「うひょー!」などと言っている。


 ラウラの後ろで豆茶を淹れていた女が、盆の上に乗せた陶器の椀をトーマの所に持ってきた。礼を言って受け取り、飲む。

 香りが良いのは分かっていたが、味の方も雑味が無く、さわやかで程よい苦み。旅の間何度か飲む機会があったが、この豆茶が一番おいしい。

 女はラウラの左右にある鉄製の背の高い灯り台に、いつの間にか手にしていたマツの小枝の火口(ほくち)で点火した。常人(つねびと)なので火魔法は使わない。

 かなり暗くなっていた幕屋の中が獣脂の火で明るさをとりもどした。


「ところで、ラウラ。悪いんだが今晩寝る所を世話してくれないだろうか。ライマーンからここまで、2日で走らされて実は疲れている。多少騒がしくても、屋根が無くてもかまわないから、気の休まる所が良い」

「もちろん構わないよ。幕屋ばかりだけどちゃんと宿屋もあるんだ。アタシのおごりで泊まらせてあげる」

「宿屋があるなら払うものは払うよ。橋の通行料だって払ってないし」


 そう言ってトーマは立ち上がろうとした。右手の豆茶の椀を地面に置き、左手を突いて立ち上がろうとしたが、胡坐を組んでいた足が動かない。何か、糸状の物がトーマの下半身を幾重にも地面に縫い付けている。


「あっ、解いていいよ、クモ」


 ラウラがそういうと、うす暗がりの中で鉛色の糸がするすると解けていく。右後ろを見るとクルムが両手で数メルテの糸を回収していた。言葉も無いトーマを、クルムは無表情のまま見返す。


「クモというのは私の異能の名です」

「ほら、トーマがクローヴィスの使いだって言ったからさ。念のため」


 灰オオグマの毛皮から立ち上がったラウラが、トーマを見下ろしながら申し訳なさそうに苦笑した。

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