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第50話 戦鎚

 近づくに従い、土橋の姿がはっきりと見えてきた。灰色で土と言うより石の橋のようにも見える。

 橋の下側、基部にあたる部分は弓なりになっていて、不規則な幅で橋脚が並んでいる。西岸から東岸までいったい何本の橋脚があるのか、とても数えられない。


 トーマとロベールが進んでいる河岸街道はそのまま、橋が架かっているであろう場所に通じている。

 右手に橋の西端、左手にはたくさんの幕屋が建っている。少人数用の簡易なものから、複数本の支柱を用いる大人数宿泊が可能なものまで。さまざまな幕屋が十数棟。あれが土橋村なのだろうか。

 ロベールがトーマを振り返った。


「俺は顔が知られているからあそこには入らない。西に迂回して森の中を通り、グロロウに向かう。お前が交渉の準備に尽力しているとクローヴィスに伝えるが、構わないな?」


 実際の所、グロロウ行政府やクローヴィスに協力したいと言う気持ちはトーマにはあまり無い。単に、ラウラに会わなくてはならないから来ただけだ。

 現在ラウラを取り巻く状況がどのようなものであれ、ラウラの『魂の器』は保全しなければならない。また、その謎めいた性質についても可能な限り調べて知っておきたい。


「わかった。ラウラに会ったら土橋村とグロロウの関係について、話し合いの席に着くように説得する」


 トーマは適当に言っておいた。


「本気で頑張った方がいい。グロロウ側はなにも負けることを恐れて実力行使に出ないわけでは無い。外聞として、人間相手に血を流しすぎることが問題だと考えているだけだ。その我慢もいつまで続くか、保証はないのだからな」


 そう言うとロベールは左手に広がる森の中に去って行った。


 河岸街道から右手は緩やかに傾斜し、ゆるやかな下り斜面の先にアクラ川の水面がある。高さで言えば街道と水面の差は8メルテほどだろうか。距離があるので川から魔物が上がって来たとしてもすぐ気づくことができる。

 とはいえそれは昼間の話であって、何の防御施設も無くこの大河の側に寝起きするのはトーマならごめんである。


 幕屋があるのは街道の西側、つまり川の反対側であるが、壁も柵も無い。グロロウと緊張関係にあるはずなのに門衛のような人間も居ない。門が無いので当たり前であるが。

 そのまま侵入してもいいものなのかトーマは戸惑った。

 背負子(しょいこ)の背負い紐をぎゅっと握りながら道を進んだ。何人かがトーマを見ている。近づいて来たり声をかけてくる者はいない。

 魔物の皮を鞣していたり、切りだしてきたのだろう皮付きの丸太を斧で割っている者。屋外のカマドで何か煮ている者。幕屋の外に出ている十数人の男たちは全員が『器持ち』だ。


 これは村と言うより、開拓の初期段階の状況に似ている。

 大勢の『器持ち』が森を切り拓くために集まって、血に飢えた人間が常にうろつき、魔物が来れば大喜びで刈り取ってやろうと昼も夜も目を輝かせる。だから壁や柵、堀などの防御施設など要らない。

 伐採した木を大きな焚火にしてたくさんの夜番が大騒ぎし、昼番の者が「うるせぇ、静かにしろ!」と文句を言う。

 そういう場所に宿を借りた経験も何度かトーマにはあった。そこで食べた肉の血塗れ焼きはなんだか他よりもマシな味だった気もする。



 50メルテほどの範囲にひろがる幕屋の真ん中あたりまで道を進む。ラウラの作ったという土橋の西端にたどり着いた。

 遠くから見た印象とはまた違う。石を組んで作った橋とちがって石の継ぎ目や隙間が無い。一つの石を削りだしたような、あるいは子どもが粘土をこねて作ったような、見た事のない表面。

 高さは水面から5メルテほど。落下防止の手すりなどついていないし、歩く部分の幅は荷物を持った人間がどうにかすれ違えるくらいしかない。


 ならず者集団だと聞かされた土橋村の雰囲気を警戒するあまり、トーマは自分の目的を忘れていた。ラウラに会わなければならないのだから、誰かに話しかけなければならない。


 橋の両脇に外套を着た男が二人座っている。頭巾と一体型の脱毛革の外套で、二人とも同じ物を着ているようである。

 右の男は頭巾の部分を脱いでおり、側頭部をかなり上の方まで剃り上げた奇抜な髪型がむき出しだ。ごつごつとした顔。眉毛もそり落としている。顔を見る人間をわざわざ怖がらせたいとしか思えない。

 長柄の戦鎚を側に置いている。


 左の男は頭巾を目深にかぶっていて顔が見えない。外套の中に隠し持っているのかもしれないが、一見したところ武装していない。

 トーマは左の男に話しかけることにした。


「えーっと、ちょっといいですか」

「なんだ? 橋を渡りてぇなら、大銀貨1枚だぜ」

「……」


 頭巾を脱いだ男の顔は、右の男とそっくり同じであった。奇抜な髪型も剃り落とした眉も一緒である。


「双子ですか?」

「おぅ、よくわかったな。いいからさっさと通行料を払いな」

「いえ、橋を渡りたいのではなく、この土橋村の指導者の、ラウラさんに面会をしたいんですが」

「つまり橋を渡りてぇってことだろ? さっさと金を払えよ。そうじゃなきゃ通さねぇ」

「いや、だから……」


 男が立ち上がってトーマを見下ろした。頭一つ分以上、でかい。戦鎚を手にぶら下げて右の男も寄ってきた。


「どうした、ペトラシュ。もめてんのか」

「ディル、こいつ上手いこと言って金払わねえで橋を渡ろうとしやがるんだ」

「そいつはいけねぇ。怪しい野郎だ、荷物も全部あらためさせてもらうぞ」


 急にまずい事になった。変なものは持っていないが背負子の荷物の中にはまだ30枚以上の金貨と、金貨40枚分の宝石がある。オカテリアからはるばる運んできた、トーマの全財産だ。

 この男たちに見つかって無事に済む気がしなかった。後ろに広がる多くの幕屋の内外には土橋村の人間が数十人は居る事だろう。この二人を倒しても袋叩きになるのはトーマの方かもしれない。

 ディルと呼ばれた方、鉄鎚を持った男がトーマの背負子に手を伸ばしてきたのを、反射的に避けて後ろに跳び退ってしまった。舌打ちしそうになるのをこらえる。この場は大人しくしてラウラに取り次いでもらう事を優先すべきだったか。


「お? なんだやる気か? それでもいいぜ? 勝ったらタダで橋を渡っていい」


 ディルは戦鎚を後ろに転がすと外套も脱いで地面に放った。毛糸の編み物の服の下、筋肉が盛り上がっている。上腕がトーマの太腿くらいある。こぶしを握って前後に構える。

 トーマはペトラシュと呼ばれた方をちらりと見た。外套を着たまま、面白そうにこちらを見ている。


「あんた一人でやるのか? 2対1でなく?」

「あたりめぇだろうが、腕比べなんだから」


 トーマは4歩下がるとカザマキヒョウの外套と一緒に背負子を下ろした。左腿の短剣も外した方がいいのだろうが、装具を解くのは面倒なのでそのままにする。

 元の位置に戻って、構える。左手を開いて前に。右手は拳を作って腰に当て、前後に足を開いて重心を落とす。

 ディルが左拳をゆっくり突き出してきた。あまりに遅い。対戦相手が戦える人間か確信が無いのかもしれない。トーマは左手で拳を払いのけた。


 納得したように一歩下がり、構え直すディル。踏み込んで腰をひねり、トーマの頭めがけて右拳を振りぬく。のけぞって躱す。

 「おりゃ!」と声を出し、トーマの居る空間を薙ぎ払うかのような回し蹴りを放ってきた。後ずさって避ける。トーマの胸元を足先が通過し終えた瞬間、踏み込んでディルの軸足を蹴り払った。巨体が背中から地面に落ちる。

 トーマが高い所から飛び降りても平気なように、『器持ち』は転んで背中から落ちたくらいでは痛くもない。

 仰向けに倒れた状態から跳ね起きようとするディルの、その左目に貫手を突きつける。一纏めにした左手の指の先が、眼球を突き刺す寸前に止められたのを見て、ディルは両手を顔の横に広げた。


「まいった。オレの負けだ」

「やるなぁ! じゃあ次はオレの番だ!」


 ペトラシュが外套を脱ぎ、武器の収められた腰の装具を外している。

 なぜ二人目と戦うことになっているのだ。トーマは今度こそ舌打ちをした。

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