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第48話 醸造

 ライマーン中央通り。東の端にある皮加工製品店でトーマは冬靴を見繕ってもらっていた。ひと月前にティズニールで買った革靴はとっくに穴だらけである。

 春から秋。強靭な足の裏を持つ『器持ち』達にとって靴などただの身だしなみでしかないが、冬は別だ。裸足は冷たくてつらい。


 常人(つねびと)にとって靴はあつらえて作るものだが、脚力も運動量も違う『器持ち』にはどうしても消耗品になってしまう。また、履き心地がいくらか悪かろうが靴擦れなどは起こしようもない。

 なので、店には『器持ち』向けの既製品の靴もたくさん並べられていた。

 弾力と柔らかさが両立する脛齧りリスの毛皮が内側に張られている靴。外側は硬く鞣された三つ目スイギュウの背中の皮だ。中がモコモコのこの靴は一足で金貨3枚もする。

 冬靴とはいえこんなに高い靴は今まで買ったことがなかった。だが見た目もよく、防水性の高い魔物の皮が靴底に使われていると説明を受けて、買うことにした。毛糸の靴下が3足付いてくるのも嬉しい。


 今日の午後には洗濯屋に出していた衣類が帰ってくる。明日の朝、グロロウ方面に向けてトーマは出発する。なにはともあれラウラに会わなければならない。

 グロロウの執政官、【賢者】クローヴィスはラウラを直接「見た」ことはあるのかだろうか。その『魂の器』の異常性には気づいているのか。

 土橋村までは二日で着くと、ロベールは言っていた。



 トーマが無駄な時間を過ごしている間に、季節はさらに冬に近づき、日の出はもうだいぶ遅い。

 北門から外に出ると既にロベールが待っていた。1メルテほどの木の棒に皮袋の荷物をくくりつけ、肩で担ぐという旅姿。大昔の絵に出てくるような格好だが、背負ったり腰に結わえ付けたりするより戦闘状態への即応性が高そうである。上着は腰丈の毛皮外套だ。


「その靴を買ったのか。買い物が上手いようだ」

「なんだ? 靴にはこだわりがあるのか?」


 ロベールは4年前は装備していた金属製の脛当てをしていない。茶色の長靴を履いている。太い靴ひもでつま先からひざ下まできっちり締め付けられているようだ。


「剣術家なら靴にこだわるのは当然だ。その靴を売っていた店の商品も全て確認している」


 土橋村の近くまで、ロベールはトーマに同行するという話になっている。護衛としては最上等なのだろうが、複雑な気持ちである。因縁のある双剣使いは合図も無しに街道を北に向かって走りだした。



 ライマーンからグロロウに向かう道は2通りあり、東にふくらんでぐるりと遠回りをするアクラ川西岸沿いの道と、今トーマたちが往く森をまっすぐ南北に貫く道だ。

 森は当然魔物が出没するし、アクラ川から半水棲の魔物が現れることもあるので、どちらがより危険という事も無いらしい。だが距離上の近道は圧倒的にこちらだ。

 なぜ川沿いの道も残っているのかといえば、雪が降り出すと向こうの方が積雪が少ないからだそうだ。


 耳元をビュウビュウと風が通り抜ける。先を行くロベールの速度はトーマの長距離移動時の限界速度だ。

 3刻間走りぬいての小休止。額の汗を拭いながらトーマは息を整える。


「こんな速度で移動していたら、事故を起こすだろ」

「このくらいの速度でそれは無い。木の陰から魔物が飛び出してきても、今の俺なら確実に避けられる」

「……」

「早く息を整えろ。休憩は四半刻だ」


 「魔眼」でじっくりロベールの『五芒星の力』を観察し、時間をかけて階梯を推計してみるに、46階梯前後だと思われる。『速さ』はトーマの1.6倍程度。

 感覚的なものなので単純に計算できないが、トーマの認識・思考速度が常人の3倍ほどだとすると、ロベールのそれはトーマのさらに1.4倍になるはず。

 格闘戦においてこの差は致命的と言える。そもそもトーマが優っているのは、5項目の中で『マナ出力』のみ。魔法も異能も使わない者には意味のない項目だ。

 巧みな足さばきで、平坦とは言えない森の街道を疾走するロベール。トーマはその後を必死に追いかけた。




 さらに3刻間走って、四半刻の休憩。代り映えのしない森の景色にうんざりしながら、さらに2刻間。途中すれ違ったり追い越したりした相手が、何組あったかも覚えていない。一日の移動距離の記録を更新する勢いだ。

 そろそろ日暮れという頃になって、なだらかな下り坂の先に森の拓けた土地があり、柵で囲われた集落が広がっているのが見えた。


 形が歪みすぎていて住居の材料にはしにくい材木。それを組み合わせてできている、高さ数メルテの柵。

 その向こう側に、頑丈そうな造りの木造住居が数十軒見える。街道の左側にある集落の入り口で、ロベールが長柄の武器を担ぐ若者に話しかけていた。門番だろうか、『器持ち』の若者は顔見知りのようだ。


「ここも執政官様が整備した集落か?」

「そうだ。今夜はここの代官の家に世話になるぞ」


 野営でないのは有難かった。

 家の外で薪割りや皮鞣しなどをしている住人は、ほとんどすべて『器持ち』だ。開拓初期の集落であれば当然だ。ロベールの後について行くと10人くらい住めそうな大きな建物が見えてきた。


「代官の家か?」

「いや、ここは醸造所。酒を造っている施設だ。匂いがしてきただろう」


 窓が一つもない大きな建物は木造だが、壁の下半分が石垣で覆われている。近づくと何か嗅いだことがない匂いがするが、確かに蜂蜜の酒の芳香が混じって感じられた。


「この集落で造られてたのか……」

「醸造所があるのはここだけではないがな。それに工程の半分までしかやってない。酒を濃くする仕上げの作業はグロロウでしているらしい」


 酒造りの建物からさらに少し行った先。集落の中心にある代官の住居で、ロベールとトーマは食事と睡眠を摂った。代官は不愛想な男であったが、シカ系の魔物の大きな塊肉の炙り焼きを中心とした食事はいい味だった。




 トーマは疲れのために起きるのが遅くなった。だがロベールは特に文句を言うことも無かった。もう距離的に行程の三分の二まで来ているらしく、今日は余裕があるらしい。


 そう言っていたにもかかわらず、相変わらず一秒で10メルテも進むような速度で走るロベールの後を、トーマは付いて行く。

 一刻間ほど走ったところで3人組の旅商の者が街道をこちらに向かって歩いて来た。時刻から言ってグロロウからやってきたはずはない。今朝、集落から北に向かったものが引き返してきたと考えるべきだろう。ロベールが3人を捕まえて何事かと問いただした。


「いや、河岸路との合流点にでっかいウミウソ寝てやがるんだよ。あんたら強そうだし何とかしてくれよ。ちょっと迂回すりゃいいんだろうけど、近寄るのもおっかなくて」


 ロベールがトーマを振り返って、ニヤリと笑った。

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