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第47話 橋

 4年前の双剣使いは表情の乏しい男で、声も聞いた覚えがなかった。今はトーマを見てニヤリと笑っている。


「いまさら警戒なんてするなよ。それだけ酔って、この距離で、俺を相手に何かできると思うのか?」


 トーマは左腿の短剣から酒で濡れた左手を離した。1対1だが、無理だ。

 双剣使いはいわゆる【能無し】だ。異能を持っておらず、『マナ操作』や『速さ』を上げやすい特徴なども無い。それでもこの2項目が大きく育っているのは、武術的に高度な戦い方をずっとしてきた証だろう。4年間で『速さ』がさらに突出して、おまけに階梯は明らかにトーマより高い。


「ディミトリエも近くにいるのか?」

「ヤツとはあの後すぐ手を切った。いまも何処かでつまらん金儲けに熱中しているんだろうよ」



 話があるというので、トーマは付いて行かざるを得なかった。服を焼かれた半裸の2人はいつまでも呆然と路上に座り込んでいた。


 北東区の横道を南に進み、商店が並ぶ中央通りを西へ。道幅は横道の倍ある。

 森の果物や海川の魚。美しく染められた布や、陶器やガラスでできた器。色とりどりの商品が展示棚に並べられている。


 双剣使いはロベールと名乗った。年齢は30代半ば。艶の無い黄銅色の髪を半端な長さで伸ばしている。身長が高いので痩せて見えるが、手足の筋肉はトーマより発達している。



 四角い形のライマーンの街は東はアクラ川、南は大湖海に面している。西側と北側は二重の水堀で囲われていて、北の堀から南の大湖海に向かって一本運河が通っている。


 堀や運河といった人工の水場と、アクラ川や大湖海のような自然の水場の境には石柵が設置されている。石を切り出して作られた太い杭が水底に打ち込まれ、狭い間隔で並び、柵状になっている。それで大型水棲魔物の侵入をある程度防ぐとこができるのだ。

 少なくとも知らない間に侵入されて気付かないということは無い。

 


 現存する大都市の多くは『マナ大氾濫』以前から都市として存在したものが多いわけだが、魔物の脅威などなかった古代において、住民の全てを壁の中に住まわせるような事はしていなかっただろう。

 何キーメルテもの長さに渡って街を囲む石壁を築くのには実際とんでもない量の石材が必要になる。

 大氾濫以降に滅んだ都市の廃虚などからかき集められた石材で、百年以上の年月をかけて築かれたのが一般的な都市の石壁なのだ。

 20年の歴史しかない新興都市であるライマーンに同じまねはできない。アクラ河口域が面する東側、および大湖海に臨む南側は木製の柵しか設置されていない。


 水棲の大型魔物が陸に上がってくる事はそうそう無いし、陸に上がって来たそれは動きも鈍く、むしろいい獲物と言える。

 だが常人(つねびと)にとってはやはり恐怖でしかないようで、ライマーンの街の建物が密集しているのは西側と北側。それ以外はまだ空き地も目立っていた。



 極めてゆっくりと流れる中央運河の幅は水堀と同じ10メルテほど。

 その運河の両脇にも広い道がつけられていて、北には庶民的な価格帯の食事処が建ち並んでいる。

 南は金貸し業を主に営む金融関係の店もあると聞いたが、トーマはあまり関心が無いので、最初の聞き込み以来訪れていない。


 南北方向の運河通りと中央通りが交差する大橋広場。広場の北東に隣接する地味な石造りの建物にロベールは入った。

 戸口の上辺(じょうへん)を支えている横長の石材には「ライマーン保安事務所」と彫ってある。トーマは観念してロベールの後に続いた。


 一階の奥の、飾り気のない部屋。頑丈なだけが取り柄といった椅子にトーマは座らされた。ロベールが四角い卓の反対側に、肘をついて横向きに腰かけた。


「豆茶くらい出すべきなんだが、俺はここでは居候の身だからな」


 ロベールが手のひらより少し小さな四角い銀板を懐からとり出し、トーマに見せてきた。「グロロウ行政府委託・交易路保安員 ロベール」と書いてあり、その左下には原初の賢者マチルダ・ジョイノアの肖像。肖像の横にロベールの生年や容姿が細かく書かれている。


「要するに、俺は今グロロウ行政府の使いっ走りとして周辺交易路の治安を守る立場なわけだ」

「街なかで魔法を使ったことは悪いと思ってる。だが……」

「そんな事はどうでもいい。酒の毒にやられたクズどもがどうなろうと俺の知ったことじゃない」

「……じゃあ、どういう用事だ? 俺はやることがあるんだ」

「賢者の子どもの事だろう? あの子はグロロウの執政官のクローヴィスの弟子だ。俺と同じであっちこっち行かされてるから簡単には会えない。もちろん護衛付きでな」



 トーマがこの街で何をしているのか、それまでロベールに把握されていた。トーマは卓の隅に置いた中身の残った酒瓶を見た。酔いで濁った意識を立て直す。


「執政官ってのは聞かない言葉だが、領主みたいなものか?」

「そうだ。クローヴィスがそう名乗っている。気取った言い回しが好きな男で困る。が、なかなかのやり手だぞ。東西交易の活性化だけでなく、鉱山の開発や治安維持組織の設立。20年前、クローヴィスが地位についてからグロロウの経済規模は4倍、人口も3倍近くに増やしてるという話だ」



 きっと金払いもいいのだろう。ロベールが革胴衣の下に着ているのは絹の服だ。肘から手首を守っている防具はよく磨かれ、植物の蔓を模した銀の装飾が縁を飾っている。両手にはめているのは黒染の皮手袋。4年前よりもずっと身形が向上している。

 トーマは卓の上で両手を開き、背もたれによりかかった。


「そうか。立派な領主賢者様の弟子であるなら別に言うことは無い。この街にも用は無くなった。俺は修業の旅を再開するよ」

「酒はもう飲まなくていいのか?」

「……十分飲んだよ」

「あのタルガットって東方商人には気を付けたほうがいい。言わなくても分かってるだろうがな。俺が声をかけたのは、グロロウ行政府の使いとして、お前に頼みたいことがあるからだ」

「頼みとは?」

「少し込み入った話だ。今晩宿を訪ねるから、部屋で話させてくれ。酔いは覚ましておいてもらいたい」



 トーマは保安事務所の建物を出ると、中央大橋を渡った。立派な石橋の途中で立ち止まると、小便色の液体が半分入ったガラス瓶を運河の流れに叩き込んだ。




 宿屋『ライマーン安眠保証』の部屋に帰ると、トーマは女中を呼んで部屋に転がっている10本近い酒瓶を片づけさせた。透明なガラスの瓶は高く売れるらしく、好きに処分していいと言うと喜んで持って行った。

 (たらい)にぬるま湯を張ってもらい、裏庭で体を洗う。ナイフで髭を剃り、頭から井戸水をかぶった。

 酒臭くない綿服は一着しか残っていなかった。青染めの綿服に着替え、汚れ物は宿に頼んで洗濯屋に出してもらい、洗濯から返ってきていた二つ尾イタチデカチの上着を着る。六つ足オオカミに裂かれた胸の裂け目は繕ってあった。


 食堂で一番安い、貝と豆の煮ものを二人前食べ終わると、ちょうどロベールが宿を訪ねてきた。陽が沈んでから1刻間ほど。時刻はもうすぐ夜の1刻に切り替わる。

 トーマはロベールを部屋に上げて、備え付けられている応接椅子を勧めた。


「なかなかいい所に泊まっているな」

「それで、グロロウ行政府が俺にどんな頼みがある」

「せっかちだな。まぁいい。賢者のトーマ、お前にはクローヴィスと土橋村の間を取り持つ仕事を頼みたい」

「……話が全く見えないぞ? 土橋村?」

「土橋村はグロロウの南約6キーメルテに、1年ほど前に作られた集落のようなものだ。アクラ川に長大な土橋を築いて東西を地続きにして、通行料をとっている。渡し船の運用で発展してきたグロロウにしてみれば、商売敵だな」



 ライマーンの東によこたわるアクラ川の川幅は、測りようがないほど広い。対岸が水平線の向こう側にある。上流ならもっと川幅は狭いだろうが、それでもこの川に橋を架けるという発想がトーマには難しかった。


「紛争状態にあるって事か」

「表立ってはまだだ。言っておくがグロロウ行政府は渡し舟の船賃が入らなくなった事を問題視してるわけじゃない。問題は土橋村の連中の素行にある」

「どんな悪さをする?」

「勝手に交易商人の売り物を取り上げたり、身柄を拘束して身代金を要求する様な事だ」

「そんな状態でなんで商人は橋を使うんだ? 渡し船があるならそっちを使えばいいじゃないか」

「アクラ川の渡しは他とは違う。強い顕現精霊で守っても、時々矢場い魔物に襲われてしまうからな」


 まぁそうか。と、トーマは思う。簡単に渡れるならば東方と西方は数世紀もの間分かたれてはいなかったはずだ。

 ニストリー川の渡しは50階梯を越える大精霊魔法士がやっていたが、かの老人でも敵わないような魔物が出るのだろうか。



「それで、どうして俺に間を取り持ってほしいなんて話に? グロロウの戦力で取り締まってしまえばいいのでは?」

「実際このままだとそうなるだろう。だが土橋村には『器持ち』が大勢集まっていて、既に一大勢力となっている。近いうちに土橋村とグロロウは全面的な戦争状態に入る可能性が高い。お前に頼みたいのは、そうなる前にやつらの指導者に会って、交渉の席を整えてもらうことだ」


 確かにトーマには教育があり、交渉能力は一般庶民よりも高いだろう。だが、ならず者集団の指導者と対話する様な事は、たぶん苦手である。


「だから、どうして俺なんだ」

「その指導者というのがお前の知り合いだからだ。橋造りのラウラ。4年前、俺たちが戦ったとき、途中からそっちに寝返った、あの赤毛の女だよ」

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