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第46話 青炎

 下の階から下品な地歌(じうた)が聞こえてくる。弦楽器の奏でる曲に、音程のズレた下手くそな男の歌。ときおりわざとらしい女の嬌声が混じる。

 トーマは値段ばかり高い『高級』料理屋の二階。壁4面が絹の布の装飾で覆われている個室で、革張りの綿入れ椅子の席についていた。

 目の前には小さなガラス製の杯。まるで氷のように無色透明のガラスは、高度な土魔法で原料を精製して作るらしい。


 卓の反対側に座るタルガットが、トーマのガラス杯にうすい琥珀色の液体を注いだ。

 ここはライマーン。アクラ川の河口に作られた新興商業都市。

 ニストリー草原地帯での『()つ足オオカミ軍団討伐戦』は14日前の出来事だ。




 『軍団』の六つ足オオカミの半分を殺し、怪我人の本格的な治療のために80キーメルテの距離を急いだ討伐隊だったが、右腕を噛み切られた若者は結局助からなかった。血を流しすぎたのだろうと、ディオは言っていた。

 チャベニ族のやり方で簡易な葬儀が営まれ、遺体は集落跡の廃虚に埋葬された。墓の前でチャベニ族は必ず集落を復興させると誓いを立てていた。


 他の怪我人の治療のために急いで移動集落を目指すというチャベニ族と、ウィレムたち旅商隊の4人を見送って、トーマとアンドレイ、イヴァン、ユリーは廃虚で一泊。翌日にはコーバーの街に帰り着き、トーマは金貨交換の分け前を受け取った。


 4人一緒の最後の夕食を食べて、翌朝3人は南周りでワッセニーに向かった。

 出資者の取り分をのぞいた商いの利益は金3.6キーラム分という事で、トーマの受け取った一割五分の分け前は約束通り金貨8枚だった。


 その8枚はすでにトーマの胃袋の中に消えてしまっている。

 散財の原因である液体をトーマは一息に飲み干した。香りはいいのだが、舌を刺し喉を焼く刺激にはまだ慣れなかった。


「おゥ。いつもながら『魂の器』を持つ方はスゴイですね。一度にこんなに飲んデ、ワタシなら酔いつぶれてしまいマス」


 トーマが飲み干したうすい琥珀色の液体は「酒」というものだ。蜂蜜を特殊な技術で加工したものを、水魔法と火魔法で精製して、さらに数年熟成させたものだという。東方では昔から金持ちの間で飲まれていて、最近になってアクラ川の西側、グロロウやライマーンでも作られだしたらしい。


「……俺たちに毒は効かないからな」

「毒とはマタ…… この一瓶で大銀貨5枚ですヨ?」


 タルガットは空になったガラス瓶を振りながら満面の笑みを浮かべている。こいつはいつもこの顔だが何が面白いというのか。なんだか気に食わなかった。



 ライマーンに来たのには目的がある。

 アクラ川の西岸地域で魔物を狩り、階梯を上げようという方針は変っていないが、トーマには他に気になることがあった。

 金貨交換のために初めてこの街を訪れた時。

 中央通りの衣服店で擦り切れたズボンを履き替え、店を出た際に見掛けた【賢者】保有者の少年。

 あの時は急がねばならない状況だったので放置してしまったが、素性の分からない未熟な【賢者】保有者が一人でいる所を見かけたのだ。やはり気になった。


 トーマのように、自分に『魂起(たまお)こし』を施した者の弟子になっているのか。あるいは誰か権力者の保護下にあるのか。

 一人で生活しているという事は考えづらい。一日一回でも魂起こしを実施できれば経済的には可能だが、だいたい20階梯になるまではまともに魂起こしなどできないものだ。10階梯程度では『マナ出力』も『マナ操作』も足りない。


 希少な【賢者】保有者同士である。少年が現在どういう状況下にあるのか、確かめておきたかった。

 何か問題があるならラケーレの所に送り、門下に加えるのもいい。弟子が一人でなければいけないということは無いはずだ。


 そう考えてライマーンに再訪したのが10日前。一泊大銀貨3枚の高級な宿に泊まってゆっくり休み、旅で損耗した物資を買い直しつつ、情報を持っている人間を探した。

 結果は捗々(はかばか)しくなかった。トーマより少し背の高い黒髪の少年を、誰も知らないという。


 次の日の朝、宿屋『ライマーン安眠保証』にタルガットがトーマを訪ねた。「人探しならオテツダイしましょう」と言って、つれてこられたのがこの高給料理屋『タガミン・クワニシ』だった。料理屋というよりは、酒を飲ませるための施設と言っていい。




「知っていますカ? ムカシは酒を穀物からも作ることガできたらしいですよ」

「麦から作ったんだってな。もったいないことだ。蜂蜜も貴重だが森に入れば採れる。そんな事より、少年は見つかったのか?」

「いいえ、ザンネンながらまだです。ナニセ新しい街とは言え、6千人も人間がいますからネ。出入りもハゲしいですし」

「それならもう街にはいないかもしれないなぁ」


 トーマが【賢者】であることは最初に酒を飲んだ日に明かしてしまっていた。常

人であるタルガットが平気で飲んでいるのを見て、命に関わる毒物ではないと思ったのがいけなかった。『耐久』のおかげで常人より3倍丈夫な体を持っている。毒にも強いとはいえ、完全に無効ではない。気分が大きくなって、隠していた方がいいことを話してしまった。


 それ以降、毎日この店に来ている。少年の捜索が継続しているからしかたない。朝になると覚めているが、「酔う」という感覚は楽しい。いつもなら敵に見えるものが、受け入れられるような気持ちになる。


「はなしが終わりなら、今日はもう帰る」

「そうデスか。では」


 タルガットが指を鳴らして合図をすると、部屋の扉が開いて店の従業員である煽情的な服装の女が顔を出した。手に持っている盆には新しい酒の瓶が乗っている。

 水であれば4口ほどで飲んでしまう量の、蓋までガラス製の瓶だ。

 トーマは卓の上に懐から出した金貨を1枚置いた。


「代金はこちらでオモチすると、言っていマスのに」

「あんたに奢られるいわれはないよ。金ならあるんだ」


 トーマは瓶の首をひっつかむと、おぼつかない足で階段を下り、酔っ払いだらけのやかましい広間を通って店を出た。



 ライマーンの街は格子状に道が走っている。ふらつきながらトーマが歩む横道。

 横道といってもいわゆる路地ではなく、道幅が3メルテもあって荷車でも楽に通れる。

 高給料理屋『タガミン・クワニシ』は北東地区の真ん中にあり、トーマの宿屋は南東地区。11月半ばでも昼間はまだそう寒くない。

 トーマは外套の前を開けて歩いた。足もとがふわふわとする感覚が面白い。部屋に戻って持ち帰った酒を飲まねばならない。


「なぁ、そこのあんたぁ、ずいぶんと、景気が良いよな」


 後ろから声をかけられてトーマは振り向いた。よごれた格好の男が居る。二人組だ。ぼさぼさ頭と、よこわけ薄毛。


「まぁ、悪くはないね、それがどうした?」

「懐があったけぇならよぉ、俺たちにもわけてもらいてぇんだよ」

「そ、そ、その酒を、俺によこせ!」


 よこわけ薄毛がトーマの右手の瓶をひったくろうとした。よく見ればこの二人は『器持ち』ではないか。

 ぎりぎりで避けたトーマは後ろ歩きで距離をとりながら、酒瓶を見せびらかした。


「なんだってんだ? この酒は俺の働きで、買ったもんだ。あんたらも『器持ち』なんだから、はたらきゃ買えるだろ」

「おとなしく酒と金をよこせよぉ、怪我したくねぇだろぉ」

「う、ううるせぇ! よこせったらよこせ!」

「おいおいおい、抜くのかよ」


 ぼさぼさ頭とよこわけ薄毛が腰の剣を同時に抜いた。トーマはなんだか楽しくなってきた。

 そういえばタルガットが、この酒は灯り油のように燃えると言っていた。

 瓶のふたを親指で跳ね上げて中身を左手にこぼす。


 「やめろよおい!」「もももったいねぇ!」


 2人がさわいでいる。

 マナをこめて呪文を思考詠唱しおえると、左手の酒は暗く青く燃え上がった。温度が低い。半分は水なので火魔法の媒介として用いるには向いていないようだ。

 それでも『火射(アムフィオム)』の魔法は機能するので、よこわけ薄毛に射ってみた。「あちぃ!」とわめいて服をはたいている。


「うはははは」

「やめろ! この野郎やめろったら!」


 『火射』の呪文は短く、トーマの『速さ』なら2秒に一発射てる。熱がりながら追ってくる2人から逃げ回りながら、トーマは何発も青い炎の矢を命中させた。『器持ち』ならこれくらい軽い火傷で済むだろう。

 2人のよごれた服は半分燃え尽きてしまった。


「そのくらいにしておけよ。事件になっちまうぜ、賢者のトーマ」


 声に振り向いて、トーマは硬直した。

 途端に、眠っていた警戒心が目をさます。注意しなくても「魔眼」に感じられる、群を抜く『速さ』。

 特徴的な尖った高い鼻に見覚えがあった。そして何より腰に佩いている二本の武器。


「俺を覚えてるか? 4年前に一度会っただけだが」


 ラナデセーノの『魂起こし業者』ディミトリエ。その手下の中で最も危険な強さを持っていた男。双剣使いであった。

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