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第43話 抜く

 アンドレイ達の持ち場が東側と決まった時、トーマは西側の監視に回ることにした。「自分が呼ぶまで持ち場を離れないでほしい」と、トーマは言っておいた。

 統率者級の()つ足オオカミと戦ったことは無かったが、並の六つ足オオカミでさえ魔物の中では狡猾なほうだ。挟み撃ちくらいは当然してくる。


 思った通りの展開になって残念だった。

 アンドレイ達の戦況を確認しつつトーマは詠唱を終えた。


 トーマの右手の獣脂ロウソクが一瞬で溶け、気化するそばから炎に変わる。アンドレイに()し掛かりつつあった耳欠け六つ足オオカミは、接近する『火炎旋風(フィオム・ベンティゴ)』に気付いて飛び退いたがもう遅い。

 起点となるトーマ自身も駆け寄る。左腕で操作する『火炎旋風』は正確に魔物の頭部を包み込んだ。方向転換をし、尻を向けて闇の向こうに逃げ去ろうとする耳欠けを追いながら、炎を伸ばし続ける。


 炎が尽きる寸前に振り切られてしまったが、そこから4、5歩進んだところで耳欠けは前脚から崩れ落ちた。殺すのに5秒かかった。やはり頑丈だ。

 トーマの右側から並の方の個体が飛びかかってきたが、後ろに跳んで避けた。

 左腿から短剣を引き抜き、右手に持ち替える。トーマの余剰マナは今の『火炎旋風』で残りわずかとなり、4発目は撃てない。


 多対多の戦いでは最も勢いのある最初のぶつかり合いが肝心とは言え、浪費が過ぎたかもしれない。

 トーマを狙って二頭の()六つ足が迫る。飛び込んできたアンドレイが左側の一頭を叩き斬った。胸部が半ばまで断ち切られている。


「トーマ! イヴァンを!」


 アンドレイは右側の一頭を引きつけながらペンディーの居る位置に移動していく。ユリーがペンディーと協力して戦っている。鎖で足をからめとられた六つ足オオカミの顔面に『火射(アムフィオム)』を射ち込んでいる。


 イヴァンが戦っている二頭も、やはり片方が統率者級だった。イヴァンは横刃槍を滅多やたらに振り回しているように見えるが、実際二頭の接近を許していないのだから戦術といっていいのだろう。余剰マナの消費も無く、常時心肺機能が向上している【羽足】ならではの戦い方だ。


 接近するトーマを警戒してか、統率者級の六つ足オオカミが一歩下がった。瞬間、イヴァンが並の方に飛びかかる。構えて一度引き、真横に降りぬかれた横刃槍は六つ足オオカミの口を2倍の深さに切り裂いた。下顎の垂れ下がった魔物は血煙を吐き出して横ざまに倒れた。


 変異し、本当に6本足になった統率者級六つ足オオカミ。書籍には40階梯相当格と記されているが、実際は個体差も大きい。

 軍団の統率者になった途端、副脚が肥大化するわけでは無いだろう。見たわけでは無いのでわからないが。

 統率者の地位を得てからある程度時間をかけて変わっていくとするなら、今対峙している個体はさっきの耳欠けより若いというか、すこし小さい。尾も含めて体長は3メルテ程度、並より一回り大きいだけだ。トーマとイヴァンなら魔法無しでも殺せるか。


 イヴァンが前に出た。上から武器を振り下ろす。魔物はトーマから離れる方向へ避けた。トーマはイヴァンの背中に隠れる位置に移動。

 トーマを見失い一瞬うろたえた様子の魔物に、踏み込んだイヴァンが右からの横薙ぎ。わずかに届かず、空振りした隙を、小さめの統率者級が見逃さない。

 イヴァンの右脚を狙って食いつく。1.5メルテの横刃槍の柄でかろうじて防御する。強いアゴの力で柄に噛みつかれ、イヴァンの体が武器ごともっていかれそうになったその時、大柄なイヴァンの頭上を越えて魔物の背中にトーマは飛び降りた。


 短剣を逆手に持ち柄頭を左手で押さえて、全力、全体重で突く。

 やはりマナの恩恵を大きく受けた魔物は強靭で硬い。腰骨の上あたり、骨のない部分を突いたが、筋肉を貫き内臓の詰まった腹腔まで。なんとかぎりぎりで剣先が通った感触。

 松葉のように固い毛が密集した六つ足オオカミの背中に、反対向きに(またが)るようになってしまったトーマ。激怒した魔物が振り落とそうと暴れる。その喉笛にイヴァンの振りぬいた横刃槍が突き刺さった。


 背中から飛び降りたトーマと、引き抜いた武器を構えて距離をとったイヴァンを順に睨みつけ、6本足を一本ずつ折って魔物はゆっくりと地に伏せた。


「メラコレーオ、アワコイ! ゼワウト、ルクサーナ! スキュート!」


 高く澄んだ子供の声が叫んだ。チャベニ族首長の子、ケオルル。彼の口から出たようだ。

 ケオルルの言葉を聞いてか、ディオとチャベニ族の何人かが東側にやってきた。 「ゼワウト⁉ ミシ⁉」「ブウェラ! レサコイ!」

 挟み撃ちされている状況に気づいて驚いているようだ。


 トーマはペンディーに迫る半白毛に接近すると横から短剣で突いた。寸前で躱されたが、勢いそのまま左足で胴体の真ん中を蹴る。

 本気で蹴り上げたのだが体を破壊できた感触は無い。並の男の倍は体重があるだろう魔物は横に数メルテ転がると、方向転換して闇の中に逃げ去った。


「ペンディー! ケオルルはなんて言ったんだ!」

「ウマをアキラメる! ウマ、外に出して円陣を小さくする!」


 見ればチャベニ族たちが北側、ニストリー川のほうにウマを追い出している。西側の隊列で戦っていた者たちが後退してきている。【纏気】の鉄仗使いが左足から血を流して中央に運ばれてきた。噛まれたのだろうか、骨が折れてしまっているように見える。


 ディオが東側に参戦して、【投射】の弓使いも丘の中央に立って全方位を射撃しだした。『器持ち』ではないチャベニ族も二人、効果は疑問だが小さめの弓矢で前線を援護している。アンドレイとユリーがまた新たな統率者級と対峙している。トーマはそちらに駆け付けた。


「ユリー、複合精霊魔法は使えないのか⁉」

「何それ⁉」


 誤算だった。ユリーは現在25歳、32階梯。

 【賢者】として修行してきたトーマと変わらないほどの早さで階梯を上げているから、なんとなく複合精霊魔法も使えると思っていた。火と風の同調適正が『良』。

 『火炎旋風』とはいかなくとも、呪文の短い『火炎鞭・煽フィオンヴィポ・ベント』くらいは使えるものと。


 二重詠唱自体知らないのかもしれない。別に秘伝でもないのだが、トーマも習得に3年かかった、そこそこ高度な技術である。それほど一般的ではない。

 アンドレイが盾と曲刀でうまく統率者級の攻撃を(さば)き始めた。もともとアンドレイにとっては統率者級と言えど階梯相当だ。本来1対1で戦うのなら対応できて当然ともいえる。さっきの耳欠けに押されていたのは焦りからだろうか。


「トーマ! マナ切れなら、少し下がってろ!」

「そうもいかないだろ!」

「いや、そうしてくれ! ユリーの魔法も、俺の曲刀も、決め手にならない!」


 トーマたちの左、10メルテ。ペンディーに後ろ脚を絡めとられ、逃げられない六つ足オオカミにイヴァンがとどめを刺している。

 【鞭士】の戦いを初めて見たが、共闘すると強い。鞭士というより鎖士だが。


 さっきトーマとイヴァンで仕留めた統率者級より、今アンドレイと戦っているものは一回りでかい。人間の頭くらい一呑みにしそうな口を開け、肝の冷える声で吠えた。怯まずに踏み込んだアンドレイの打ち下ろしが鼻面を捉えたが、あまり効いていないようだ。


「さっきトーマが使った魔法、あれに専念してくれ! でかいのはたぶんもっと居る。トーマがやられたら、打つ手が無くなる!」


 そうかもしれない。トーマはここにいる者と連携しての接近戦を訓練していない。さっきイヴァンと若い統率者級を倒せたからといって、次もいい結果になるとは言えない。無責任かもしれないがこの戦いで積極的に命を捨てる義理も無い。


「……わかった。10分くれ」


 そう言ってトーマは丘の中央に退いた。ウマの糞が落ちていない所を選んで、胡坐(あぐら)を組んだ。

 短剣は目の前の地面に突き立てる。隣には左脚を破壊された【纏気】の若い男が仲間に応急処置を受けている。


 指を組んで足の上に置く。呼吸を整え、体の力を抜く。体に満ちる『五芒星の力』。マナの恩恵の力も、抜く。抜けるように心に描く。

 腹をくくって、目を閉じ集中する。今はアンドレイ、イヴァン、ユリー、同じなべの粥を食った3人を優先する。

 すべては救えない。割り切るしかない。今トーマが暴れまわって、いい結果が出るとは限らない。


 深く呼吸をするたび、心臓が鼓動を打つたびに体に余剰マナが充填される感覚。

 『端座瞑目』。

 師匠ラケーレに教わった、マナ充填を促進する「書庫の賢者」の秘奥の技だ。

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