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第41話 三つ目スイギュウ

 コーバーから来た5人組は朝になるとすぐ、逃げるように東へ去った。

 ペンディーたちは4刻の半ばに戻って来た。一晩移動集落で休んできたようだ。ウマは夜走れないのかとトーマが聞くと、「アタリマエだろ、バカ」と言われた。獣は夜行性のものも多いから聞いたのだが、ウマは暗闇を走る事を怖がるらしい。


 鍋や毛布に毛皮など、野営で広げた荷物をまとめる。昨晩も冷えたので、アンドレイ達はチャベニ族から余っている毛布を買い取っていた。羊の乾焼(ほしやき)き肉も安く譲ってもらっている。今朝食べたのだが塩が薄くて食べやすく、街で売っている物より柔らかかった。

 草原地帯に生きるチャベニ族は羊の放牧を何百年と続けており、羊の食べ方に関して石の民に後れを取ることは無いと、自慢したのはディオであった。


「それで、()つ足オオカミの群れの居所に見当はついているのか?」

「北にウマヲ半日走らせた辺りに、ニストリー川の本流が流れている。この時期は三つ目スイギュウが草を食べに集まっている。六つ足オオカミの獲物だ」



 新たに加わった旅商隊の4人は名をウィレム、ハインツ、オットー、ブルーノという。【鉄指】【健胃】【瞬速】【不死身】の持ち主。不死身は本当に死なないわけではなく怪我の直りが早いという程度である。


 ペンディーが移動集落に連れ帰った『器持ち』は、最初にトーマたちを丘から追いつめた【槍士】と『不明』と【纏気】の三人だ。

 廃虚に残ったディオ以外の2人。一人は【精霊士】だ。同じ魔法を使ってもなぜか少し威力が大きくなるという、魔法使いになるにはもってこいの『魂の器』。

 風精霊にしか適性が無い上に『五芒星の力』も均等型なのが気にかかる。魔法を使わないことは無いと思うのだが。


 もう一人は【投射】の保有者。他の「武技系」の異能は手から離れた武器を強化できないが、【投射】の持ち主はナイフでも斧でも矢でも、強化したまま飛ばすことができる。弓矢を持っているのでそれで戦うのだろう。


 そしてチャベニ族の7人の常人。

 総勢22名の六つ足オオカミ討伐隊が北を目指して走り出した。




 やはり先頭を【耳利き】アンドレイが走る。ディオが横からウマに乗って方向を指示している。その後ろを駆け足で追いかける旅商隊4人は、商いの荷をウマに分散して載せてもらっている。それでもやはりアンドレイよりは足が遅い。この4人の速度に全員が合わせることになる。

 そして乗馬したチャベニ族が、『器持ち』で常人を囲うようにしながら、先往く者を追いかける。その最後尾にペンディーと、トーマ、ユリー、イヴァンが続いた。


 チャベニ族の中心にいる白い馬の乗り手。身形が他より豪華な少年は誰なのか、ペンディーに訊いてみた。


「あの子はケオルル。ワタシのオジの娘の最初の子で、首長の末っ子。この狩りの頭目」

「首長の子どもだからって、なんで『器持ち』じゃないのが頭目なんだよ」

「ケオルルは強い男になる! この狩りヲ成功させてリンツになる! 山の隠者に会いに行きウィリティを授かるんだ!」


 半分意味が分からないが、何か部族の風習のような事なのだろう。

 ペンディーを宥めるべき人間が先頭に居るので、しばらく意味の分からないことをわめかれながらトーマは走り続けた。




 日の9刻まで走り続けて、ようやくニストリー川の本流が見えた。

 最初、トーマには旅商隊の4人の移動速度が問題になると思われた。

 しかし、いざ走ってみればそれよりもウマの持久力の方が問題になり、休憩を4回も挟むことになった。なので半日走って実際に走った距離は80キーメルテほどだろう。

 雪解けの季節ではないので水は少ないはずなのだが、草原をゆったりと流れるニストリーの川幅は200メルテはありそうだ。


「三つ目スイギュウは上流の方に居るな。この辺の草は食われた後だ。やつらは夏に東に向かって、秋は西に帰ってくる。もう少し走るぞ」


 ディオにしたがってニストリーの流れをさかのぼるように、西に向かってさらに走った。

 ここまで走る間、蹴散らした草の汁で綿服のズボンは膝まで緑色に染まっている。

 だが今走っている、川から1キーメルテほどの範囲で草は三つ目スイギュウに食いつくされ、短い茎しか残っていない状況。大変走りやすい。




 1刻後、大きな丘の上に到着したトーマたちの目の前に、圧倒的な光景が広がった。

 曲がりくねったニストリーの両岸に数百頭もの三つ目スイギュウが散在し、草を()んでいる。青みがかった白の毛皮で、ウシに似た体系。ほかより体の小さな個体には角が無い。きっと子供なのだろう。

 成獣は雄雌両方に大きな角がある。体の幅の2倍も横に広がった角は、先端が尖っていてまるで武器のようである。


 完全に草食の三つ目スイギュウはすすんで人を襲うことは無い。だが、れっきとした魔物なので危害を加えれば反撃される。家畜のウシより強靭で一回り大きく、仲間意識も強い。

 せいぜい15階梯相当の魔物だが、この数を敵に回したくはなかった。六つ足オオカミはこれを捕食するというのか。


 水棲の魔物の脅威に怯えることなく三つ目スイギュウが水陸両方で暮らしていけるのは、額にある目に似た器官で水中を見通せるかららしい。水の精霊力を利用する魔物は水棲魔物以外では彼らだけだ。少なくともトーマの知識にはない。


 トーマはディオに近づいて話しかけた。


「六つ足オオカミはやっぱり夜に来るのか? こう広いんじゃ、どこに現れるかわからないんじゃないか?」

「対岸には出ないダロう。六つ足はこちら側に居るカラ問題なのだし」

「そうじゃなく、こんなに広い範囲に獲物が居るんじゃ困るって話だよ」

「フム、そんな心配が要るのかどうカ…… まぁどうしてモというなら」


 そういうとディオはチャベニの言葉で仲間に指示を出し始めた。

 やがて首長の子どもだというケオルルと、その世話係のような一人を除いて全員が三つ目スイギュウの群れに向かってウマを走らせる。


 大声で威嚇し、武器を振り回しながら三つ目スイギュウを追い立てていく。

 高さが10メルテ以上もある丘の上に居るトーマたちだが、それでも肉眼では見えないほどの遠くから、追い立てられた群れが集まってきていた。


 家畜のウシと同じ鳴き声で抗議の声をあげる魔物のウシたち。

 角を振り回し突進するものもいるが、チャベニ族はウマを巧みに操り、躱して、逃げる。マナの恩恵を受けた魔物なのに、ただの獣のウマの方が若干敏捷なようだ。


 普通ならありえない。ただの獣と魔物では力の大きさがまるで違う。しかもウマの方は重い人間を背中に乗せているのだ。

 なぜそうなるのか。

 三つ目スイギュウは水陸両方で生活するために、水かき替わりの平べったく大きな蹄を持っているからだ。

 泳ぐには便利だが、陸で走り回るには邪魔になるその蹄のために、彼らはいつでも水中に逃げ込める川の(そば)で生活することを余儀なくされていると言える。




 ウシ追いは日が暮れるまで続けられた。200頭ほど居たこちら側の群れは半分が対岸に泳ぎ渡ってしまい、残りは狭い範囲に固まって、草を食むことも忘れて呆然としている。

 片手で器用に背中の鞘に大剣を納めながら、ディオはトーマたちのいる丘に戻ってきた。


「お疲れ、ディオ。どうして三つ目スイギュウはあまり反抗しないんだ?」

「血を流さないよう気を付ければこんなものだろう。まぁ追い込むだけなら羊の放牧で慣れているんだ、われわれは」


 六つ足オオカミが捕食しに来るという三つ目スイギュウの群れ。

 群れから200メルテほど離れた丘の上。討伐隊は待ち伏せをはじめた。




 夜は更けた。携帯食で夕食を済ませて、討伐隊は夜の闇の中、丘の上で円形に広がっている。トーマとディオは西側で三つ目スイギュウの群れを見張っていた。


 ウマというのは瑞々しい草をたくさん食べさせれば水を飲まなくてもしばらく耐えられるそうだ。どんな水棲魔物が潜んでいるか分からないニストリーの本流でウマに水を飲ませるのは危険だ。14頭のウマたちは今、丘の真ん中で固まって休んでいる。

 火を焚いていないので暗いが、幸いにして今晩の空には雲が無い。星明りで多少は目が効くし、月もそろそろ出てくるはずだ。

 旅商隊の4人の一人、【鉄指】のウィレムが西側にやってきた。


「なぁなぁ、ディオさんよ。こんな感じでほんとに六つ足オオカミが出てくるのか? あいつら鼻がいいんだろ? 俺たち、においをごまかす魔法も使ってないしさ。ウマも居るから使おうったって無理だけど」

「六つ足オオカミが人間に怯えて近づかないということは無いだろう」

「そう? それならいいけど、いつまで待てばいいわけ?」

「ディオ。集落が六つ足に滅ぼされたってのは、『軍団』が相手だったんだよな? どんな状況だったんだ?」


 トーマが聞くと、毛皮の敷物の上で腹ばいになっているディオの横顔が一瞬、強い感情に歪んだように見えた。


「8年まえの夏。石の民との交易ヲ試みる場として32人の若者があそこで生活ヲ始め、ワタシも参加していた。羊も20匹飼っていたのに2ヶ月の間、魔物の一匹も姿を見せず、あそこは安全な土地なのだとさえ思っていた。そこに『軍団』が襲った。明るい満月の夜だった。50頭は間違いなく居ただろう。朝まで戦い続けて、生き残ったチャベニの者は器持ち4名だけだった」

「……8年前に50頭ってことは、今は……」

「いや、その時9頭仕留めているし、何頭かに怪我を負わせている」


 怪我をした野生動物は、魔物といえどそうそう生き残れない。8年で新しく生まれた子どもが成獣になっていても、それほど大規模にはなっていない、そう思いたい。


 トーマが聞きたかったのは『軍団』と戦う助けになる知識なのだが、8年前ならディオも20歳そこそこ。【勇者】だから階梯は上がりやすいとしても、『器持ち』としてはまだまだ若手である。あまり参考になるような話は無いかもしれない。


「なぁなぁ、気の毒だとは思うけどよ、今の話をしようぜ。どれくらい待てば六つ足が来るのかって聞いてんの」

「軍団ヲ作ってるということは、狭い縄張りにたくさん個体が居るという事だ。草原に居るアナウサギヲ喰ってるだけでは餌が足りなくなる。三つ目スイギュウヲ喰わなきゃ、やっていけなくなるはずだ。何日かすれば必ず」

「何日って…… こんな草っぱらでそんなに待てるかよ……」

「その心配はいらないみたいだ!」


 トーマたちの背後から、月の光が草原を照らした。南西の方角に六つ足オオカミの『軍団』。

 三つ目スイギュウの群れではなく、トーマたちに向かって忍び寄ってきていた。

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