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第3話 わからせる

 金髪の男は鞘に入った剣をズボンの革帯に差している。頭を剃り上げた男は右手に2メルテ近い長さの鉄杖を握っている。

 自分より体格のいい二人の武装した男を前に、食べかけの網焼き肉を持ったトーマは当然まったく不安を抱いていなかった。


「それなら明日、日の9刻ごろにいらしてください。御一方(おひとかた)でしたら『魂起(たまお)こし』をかけてあげられます」


 明日の予約は午前中に2人だけだ。午後なら3人目もいける。本当は今からでも一人分かけられるが、そんな気分ではない。

 そもそもそういう話にはならないとトーマは読んでいた。


「ちなみに料金は大銀貨2枚ですけど、払えますか?」


 金髪の男は右の頬だけで笑っている。

 つるつる頭がトーマの横に並ぶように立つと、馴れ馴れしく左腕をトーマの肩に組んできた。


「それがよぉ、俺はおかしいんじゃねえかと思うんだよなあ」

「はあ」

「賢者ってのはさ、強い奴に『魂の器』をくっつけて、さらに強くするのが役目なんだろ?」

「……そうですね」

「俺のよ、この上着を見なって。こいつは俺たちが殺した子攫(こさら)いイヌの皮なんだぜ? こいつが街道に出て街の奴らを困らせてやがったからよぉ、ぶっ殺して皮を剥いでやったのさ」

「『魂の器』無しで、な」


 一言だけ金髪が付け加えた。どうやらこの二人は金髪の方が無口らしい。

 つるつるが着ている、というか裸の上半身にひっかけている白黒まだらの毛皮は、確かに子攫いイヌのもののようである。その中でも大きめの個体だ。


「そうだ、俺らは『器』が無くても強いわけだ。その俺らをさらに強くしたら、魔物なんか皆殺しにしてやれるぜ? それに協力できるってんだから、喜んでタダで魂起こしをやってくれんのが、世のため人のためってもんじゃねぇのかい?」


 横でごたくを並べるつるつるの顔を斜めに睨み上げて、トーマは落ち着いた声で、この状況にふさわしい言葉を放った。


「喧嘩売ってんのか? お前」


 網焼き肉を右手に持ち替えて、脂の付いた左手でつるつるの左手首を握る。

 ごりっ、という音が鳴る。首に回った太い腕をゆっくりとどかして、つかんでいた手首を放してやると、つるつるは2、3歩後ろに下がった。

 散歩中のウサギが狼に行き会ったら、こんな顔をするだろう。


「頭は大丈夫か? 『魂の器』を()()()()たら強くなれるって事は、知ってるんだよな? じゃあなんで『魂の器』持ってて、何年も修業したはずの相手に、喧嘩売っていいと思ったんだ?」


 実際は13年間修業をしている。この1年間は怠けているが。


 『魂起こしの儀』に料金が要るのには理由がある。

 金をとってこそ、本当に必要な人間に『魂の器』を与えることができる。それがトーマの考えだ。

 魔物と戦う予定がない街の人間でも、『器持ち』になれば力仕事が楽になったりする効果はあるだろう。

 だが魔物を狩って魔石を食わなければ『魂の器』は階梯が上がらない。普通に生活しているだけなら階梯はずっと1のままだ。それではごくわずかな効果しか得られない。

 このオカテリアの街には3万の人間が住んでいる。トーマ一人がいくら頑張っても、3万人に『魂起こしの儀』を施すには30年かかる。30年経てば寿命で死ぬ人間が千人はいて、新たに生まれる子供がそれ以上にいる。『魂の器』を得て、冒険を求めて街を出ていく人間も居るし、街に移住してくる者は毎年増えている。

 だから実際は、30年たってもオカテリアの住人全員が『器持ち』になることは無い。

 ならば選別は必要だ。


 需要を絞らなくてはいけない。金を払ってでも受けたいという者だけが、『魂起こしの儀』を受けるべきだと、トーマは考えている。

 知る限りラケーレも同じ金額を取っていたはずだ。需要と供給の均衡をとる、そのための大銀貨2枚なのだ。

 もし無料で『魂起こしの儀』を施せば、下宿の外には行列ができ、順番争いで怪我人が出て、稼ぎの無くなったトーマは飢えて死ぬだろう。

 誰のためにもならない。


「金持って出直してこい。予約を入れてやる。気が向いたらな」


 あえて金髪の方を見ずに、背中を向けてトーマはそう言った。


 腰の剣を抜き打ちに金髪が斬りかかる。振り向いたトーマは左手の手刀で刃を受ける。

 鈍い音がして剣がはじかれる。驚いた金髪の脇腹に、トーマは右足の裏をあてがった。


 40階梯の『魂の器』・【賢者】で強化されたトーマの『速さ』は、トーマ自身の時間感覚を尋常のものとは変えてしまっている。日常生活では慣れて違和感もないが、こういう場面で常人(つねびと)とはズレる。


(1、2の、3っと)


 常人と喧嘩をするときは、この拍子を意識しないと大変なことになる。

 靴越しに人間の骨が砕ける感触を味わうのは、あまり気分のいいものではない。

 丁寧に、斜め上に右足を蹴りだすと、金髪は路地を大通りに向かってすっ飛んでいく。左足は粘土質の地面に足跡を喰い込ませた。

 金髪は2軒先の染物工房の位置で尻から地面にぶつかって跳ね上がり、縦回転をしてさらに隣の革加工品屋の店前でうつぶせに落ちた。トーマの革靴はその店で買ったものだ。



 こういう奴らの相手はうんざりするほどしてきた。特に旅から帰ってしばらくして、オテカリアに2人目の賢者が住み着いたと噂が広がった時期。

 無料で魂起こしをしろと、週に20人も押しかけて来た。

 大半は街の外からやって来た世間知らずのバカである。今日の二人もその口だろう。

 トーマが大銀貨2枚の条件を断固として譲らないとわかると、こいつらはときどき金髪が今やったような暴挙に出る。万が一、いや百万が一それでトーマが死んだらどうする気なのだろう?

 結局『魂起こし』は受けられず、賢者殺しの犯人になるだけ。

 本当にどういうつもりなのかと、殴った後で聞いてみたことがあるが、いわく「強いところを見せて考え直してもらおうと思った」だそうだ。


 将軍鎖ヘビが狼を丸呑みにするのを見たウサギ。つるつるはそんな表情で、長い鉄仗を両手で掴み胸元に抱いている。金髪の飛んだ先を見て、トーマの方を見て。それを繰り返すつるつるに、食べかけの肉をもったままの右手で指をさして告げた。


「おい、前言を撤回する。お前らは出入り禁止だ。『魂の器』が欲しけりゃ他所へ行け」

「ほひぃ」


 なんだか変な声を出して大通りと逆の方に逃げていくつるつるだった。

 金髪の方を見るともう起き上がって元気に大通りに逃げていく。打ち所次第では面倒なことになるかと、少々不安だったが問題無いようだ。


 何事かと表に出てきた近所の住人達に、トーマはなんでもないと手を振る。


(ん?)


 ちくり、と感じて左手の小指の付け根を見ると、わずかに血が滲んでいる。金髪の持っていた剣は、それなりの逸品だったようだ。

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