未来に続く道
シェルはアイリスの手をとり、ギルモンドの元へ向かう。
グイントが懸命に聖水をかけ続けているが、聖水の在庫も底をついている。
聖祭の時、聖獣はシェルとギルモンドに一度だけ生き返ると言った。
シェルは生き返ったが、ギルモンドも聖獣の言葉通りになるとは限らない。ギルモンドが死んでしまった・・
言葉にできない程の哀しみと喪失感に身体中の力が抜ける。
この人は、ただ一人の人だ。
この人は初めて会った時にそれに気がついたのに、私は今になって分かるなんて。
「やだ、ギルモンド、置いて行かないで!」
鼓動のない身体に縋りつき、シェルの嗚咽が続く。
ピクン、シェルの身体が跳ねる。
音が聞こえたからだ。
弱いけど心臓の脈打つ音が聞こえる。
「生きてる!」
ギルモンドの手が動き、縋りついてるシェルの背にまわされる。
「シェル」
薄っすらと目を開けたギルモンドは、シェルを呼ぶとまた目を閉じて眠りについた。
そして倒れている騎士のうち、一人が息を吹き返した。
「奇跡だ!」
誰かが叫ぶと、大きな歓声が沸き起こった。
「早くここから連れ出すんだ」
ハサンが、ギルモンドと倒れている騎士達を運び出すように指示を出す。そして、アルドラの肩を叩いた。
「よくやった」
アルドラの知識で、ギルモンドともう一人の騎士を生き返らせることが出来たのだ。
「はい」
生け贄にされた姉は戻ってこない。だが、報われた。
アルドラは、喜びに身体が震えた。
ウーラ族を討ち取ったこと、犠牲者を救えたこと、それもアルドラが調べてきた知識が役にたったことで。
馬車にギルモンドを乗せるころには、ギルモンドの意識はなかったが呼吸は落ち着いていた。
シェルは馬車の中で、ギルモンドを生き返らせてくれたことに感謝をこめて聖獣に歌っていた。
森の中の廃屋が、遠ざかっていく。
アイリスは、シェルの歌を聞きながらエシェルのことを考えた。
シェルの本来の場を奪い、名前も奪って暮らしていたシェルの異母姉妹。
だが、それは3歳でユーラニア伯爵邸で暮らし始めたエシェルには罪がないことだ。
父親のユーラニア伯爵家と母親が仕組んだことで、エシェルが受け入れるのは当然だろう。
母親の影響だとしても、邪教として儀式を行い、数多の命を犠牲にして力を行使した罪は大きい。
それが、王太子ギルモンドの長年の態度で心が壊れていたとしても、許される事ではない。
「どうした?」
グイントがアイリスの肩を引き寄せる。
馬車の振動に身を任せ、アイリスは身体の力を抜いてグイントにもたれる。
「エシェル・ユーラニアのこと」
「ああ、僕も考えていた」
グイントはアイリスに同意する。
「邪教は古い遺跡に記録が残されるだけで絶滅したと考えられていたが、ウーラ族として生き続けていた。
我が国もアジレランド王国も徹底的に弾圧をするだろうが、殲滅できるかは、分からない。
歴史は繰り返すかもしれないが、人間を生け贄として捧げるようなことを許すわけにはいかない」
ギルモンドは馬車の中で意識を取り戻した。
横には泣き腫らした目をしたシェルがいる。
「ごめん、心配させたね」
ギルモンドの言葉にシェルは首を縦に振る。
「すごく心配したし怖かった。ギルモンド殿下が生き返ってくれて嬉しいの。
殿下は、あの恐怖の中で9年間も私を探してくれていたのね」
シェルが微笑めば、ギルモンドに力が湧いていくる。
「これから、アジレランド王国との交渉が始まる。今回のことでお互いが戦争を避けたいと思っていることは認識が出来たけど、簡単にはいかない。
だから、シェルは僕の横で助けて欲しい。王太子妃として」
こんな馬車の中でのプロポーズだけど、一度死んだギルモンドにとって少しの時間も惜しい。
それは、シェルも同じ気持ちだ。
「はい、ずっと一緒にいたい」
目の前のシェルとギルモンドの様子に、アイリスとグイントは祝福をする。
そうなって、二人がいたことに気がついたようにシェルが真っ赤になってギルモンドの影に隠れようとするが、狭い馬車の中では無理な話である。
それを見てアイリスが笑うから、グイントとギルモンドも笑いだした。
『こうなると思っていたよ』
どこからか、優しい声が聞こえた。
4人には、それが聖獣の声だと分かっていた。
馬車は月の光に導かれて、アジレランド王国の王都に向かっていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
無事に完結まで書けたのも、読みに来て下さる皆様のおかげです。
たくさんの感謝を込めて。violet