エシェル・ユーラニアの最後
ハサンは会議を終えると馬に飛び乗り、アルドラの後を追った。
王都を抜け、廃屋の先の森の中で急に体が動かなくなった。視線の先には二人の女が対峙している。
シェルとエシェルだ。
ハサンだけでなく、アルドラ、グイント、騎士達も動けないでいるのがわかる。
そして、足元には数人の騎士が倒れており、その中にギルモンド王太子の姿を見つけ、近づこうとしても足が動かない。ギルモンド王太子は、絶対に守り通さないといけない人物である。
アジレランド王国とブルーゲルス王国が戦争に突入するわけにはいかないのだ。ギルモンド王太子の死は戦争へと繋がる。
グイントがギルモンドに聖水をかけ続けているのが見え、グイントも動かない体を無理やり動かしているのがわかる。
シェルを守るようにアイリスがエシェルに斬りかかろうとしたが、エシェルに触れる前に地面に叩きつけられる。
「お兄様!」
シェルがアイリスに駆け寄り、身体を起こす。
「あはは、生け贄が違うと、こんなに力が違うのね」
面白そうに笑うエシェルが悍ましく、シェルの背中に悪寒が走る。
「貴女を生け贄にしたら、この国を壊せるぐらいの力が手に入るかも」
「まだよ! ギルモンドを生き返らせるには、貴女の呪いを壊せばいいのね」
シェルはアイリスの剣を手に取ると、立ちあがってエシェルに向かって歩き始める。
復讐の為に、シェルは剣の練習もしていた。
「右目だ!」
アルドラが叫んだ。
「斬ったら死んでお終いになる!
その前に右目を割るんだ!そこに生け贄のエネルギーがあるはずだ!」
誰よりもウーラのことを調べた、その中で1件だけ、生け贄が生き返った報告があった。
ウーラの右目を剣で刺した時、生け贄の中で息絶えて間もない者だけが生き返った記述を見つけた。
「犠牲になった者達に聖水をかけ続けるんだ!」
それをエシェルも知らなかったのだろう、咄嗟に片手で右目を覆って守る。
「お前なんて、嫌いよ! 皆がお前に味方する! 私には、フランク王子だけだったのに!」
打ち下ろすシェルの剣を避けるが、エシェルは王太子の婚約者として大事に育てられ剣など持ったここもない。力を得ても避けるのがやっとで、ふらついている。
「私と母が毒を飲まされ、森に捨てられた時、エシェル・ユーラニアの名前を奪った貴女は温かいベッドで寝てたのよ!」
復讐も王家の処刑という形をとったので、シェルは誰も殺していない。
「力? それが何? 結局は自分の欲を満たすために生け贄の儀式をする悍ましい人間。
味方ができるはずない。」
ブン! とシェルが振るった刃が、目を庇うエシェルの腕を斬りつける。
「きゃああ!」
痛みで叫ぶエシェルに、返す刃でシェルがエシェルの右顔に斬りつける。右目に傷がつき、エシェルがのたうちまわる。
身体が動くようになった男達は、エシェルに飛び掛かり動きを封じる。
「私がエシェル・ユーラニアよ! それしか知らない!」
身体を拘束されてエシェルは叫び続けるが、顔の傷の痛みで呻く。3歳でユーラニア伯爵邸に移り住み、それからずっとエシェル・ユーラニアと呼ばれてきたのだ。それ以前に別の名があったことさえ覚えていない。
「首を刎ねよ!」
ハサンが声を張り上げながら、前に進んで来る。
これ以上、力を使わせるわけにいかない。一瞬の遅れが精神感応で逃げられる事になる。
「いやよ! いやーーーー!! フランク殿下! 殿下!!」
エシェルがどんなに叫んでも、助けてくれる者はいない。フランクの身体は冷たくなり始めている。
ゴトン。
エシェルの首が地面に転がった。