シェルとギルモンドの一歩
フランクとエシェルが逃げた方向を、シェルは馬車で追いかけていた。
馬で追う方が速いが、他国でそれは許可がされない。
フランク達が無謀な事をするほど、ブルーゲルス王国への心象は悪くなる。もとより、国境では両国軍が監視しあっていて、友好的とは言えない関係である。
ブルーゲルス王国の王子のフランクは、ウーラと呼ばれる反社会的民族の人間を伴ってアジレランド王国に逃走して来ているのだ。
馬車の中では、ギルモンドがシェルに伸し掛かられていた。
「どうして、ケガをしているのを黙っていたの!?」
シェルは気がつかなかったが、アイリスはギルモンドが僅かにみせた不審な動きを、グイントから聞き出したのだ。
『フランク王子が逃げたのは、ギルモンドを刺したからだ。その傷は深くはないが、簡単に治るようなものではない』
シェルに押さえつけられても容易く引き離せるが、ギルモンドはそれをしないで、同じ馬車に乗っているグイントを睨みつける。箝口令が敷かれてしるので、ギルモンドのケガを知っているのはごくわずかな人間だけだ。漏れるとしたら、グイントしかない、とギルモンドは思っている。
グイントとアイリスは存在を隠すかのように、何も言わず、シェルとギルモンドを見もしない。
シェルがギルモンドの上着のボタンを外して広げブラウスを押し上げると、腹に包帯が巻かれているのが目に入る。
「どうして安静にしてないの!? 傷が悪化して死んじゃうこともあるんだよ!」
縋りつくシェルを、ギルモンドが抱きしめる。
「少しでも離れると、シェルがまたいなくなりそうな不安が押し寄せるんだ」
9年というのは、長い月日だ。突然いなくなったシェルをずっと探し続けて、どれほどの絶望を味わっただろう。
「それに、少しはカッコつけさせてくれよ」
ギルモンドは上着のボタンを留めて、シェルごと身体を引き起こした。
「私と再会して、ガッカリしなかったの? 希望通りに、成長したわけではないと思う」
シェルは、ギルモンドに対して不安に思っていることを聞いてみる。
「予想していたより、綺麗になっていて焦った」
「そんなこと・・」
シェルが言葉につまってしまう。
「ケガをしているのを心配しているって、わからないの?」
シェルの言葉に、ギルモンドが嬉しそうに笑む。
うわぁ、一緒の馬車にいるのがいたたまれない。
アイリスとグイントが目を合わせる。
空気の存在に徹しているが、いなくなったわけではない。
できたら、シェルとギルモンドの二人きりにしてあげたいが、走る馬車から出る事もできず、すみで小さくなるしかない。
だが、シェルが胸を押さえて蹲りアイリスの名を呼ぶ。
「気持ちが悪い」
進行方向を向いて、シェルは呟いた。
アイリスはシェルに駆け寄り、ギルモンドからシェルを受け取る。
グイントは馬車の窓から身を乗り出し、伴走して馬に乗っている護衛に、エルドラ卿を呼ぶように言づけた。
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