偽証の婚約
教会からの申請もおり、正式にギルモンド王子とユーラニア伯爵令嬢エシェルとの婚約が決まったのは、聖祭から3か月が経つころだった。
そして、ユーラニア伯爵家が王家へ挨拶に登城することになった。
領地からエシェルが来ると、ギルモンドは朝から緊張をしていた。そんな自分に気がついて笑ってしまうほどだった。
王家からは、ギルモンド王子と父親の王太子、母親の王太子妃が出席し、第2王子のフランクは出席をしていない。
ユーラニア伯爵、ロクサーヌ伯爵夫人、エシェル伯爵令嬢が待つ部屋に入った途端、ギルモンドと王太子の足が止まった。
ロクサーヌ夫人もエシェル伯爵令嬢も銀髪ではない。聖祭の儀式であった人間ではないのだ。
ギルモンドは、本人達がユーラニア伯爵によって殺されている、などと知るはずもない。
ユーラニア伯爵は、領地から出て来ないロクサーヌとエシェルの姿を誰も知らないと思っている。二人を知る屋敷の使用人達はすでに解雇しており、二人の痕跡は完全に消したはずなのだ。王太子と王子がロクサーヌとエシェルと面識があるなどと知らない。
「王太子殿下、こちらが妻のロクサーヌと娘のエシェルでございます」
伯爵が王太子に礼をとり、妻と娘を紹介すれば、二人もカーテシーをして礼を取る。
王太子とギルモンド王子は目配せをして、様子をみることを確認してソファーに座った。
どうして他人が成りすましているかが想像もつかないが、悪意のあることに間違いない。
もしかして、ロクサーヌ伯爵夫人とエシェル伯爵令嬢が監禁されている可能性が僅かでもあるなら、慎重にすすめなければならないからだ。
「よい、顔をあげたまえ。席についてくれ」
王太子が声をかけると、伯爵夫人と娘だと紹介された二人が礼をゆるめる、ソファーに座る。
「ロクサーヌ」
顔を上げた伯爵夫人と名乗る女性に、王太子妃が声をかけた。それを見て、王太子とギルモンドは言葉を飲み込み、様子を見る。王太子妃と既知の間柄ということだ。
「王妃様」
嬉しそうに王太子妃に応える伯爵夫人は、何も知らなければ高位貴族夫人として疑う点はない。
「ギルモンド・ブルーゲルス王子とエシェル・ユーラニア伯爵令嬢の婚約が成り立ったことを嬉しく思う」
王太子が言えば、ユーラニア伯爵は満足そうに頷き、令嬢は嬉しそう立ち上がる。
「エシェル・ユーラニアでございます。誠心誠意おつかえいたします」
練習してきたであろう言葉で、ギルモンドに微笑む。
悪寒が走るのを感じながら、ギルモンドが返答する。
「僕は、エシェル・ユーラニア伯爵令嬢と婚約ができて光栄に思っている」
僕の知っているエシェル・ユーラニア伯爵令嬢は君ではない、と心に秘めて婚約と言っても、ここにいる伯爵令嬢にわかるはずもなく、嬉しそうに頬を染める。
「私と王子は公務があるので、早々で悪いが失礼させていただくよ」
王太子が席を立てば、ギルモンドが続く。王妃は残って話をするようなので、王太子と王子は部屋を出て廊下につくと、速足になって王太子の執務室に向かった。
「誰だ?あれは?」
執務室に入り扉を閉めた途端、王太子が頭を抱えた。
王太子は10年に一度、儀式でロクサーヌと会っている。前ユーラニア伯爵が幼いロクサーヌを連れてきた時からだ。
そして、今回は娘のエシェルも儀式を行なっている。聖獣を呼び出せるのは、ユーラニア伯爵家の血筋だけなのだ。
「あれは、エシェルではありません!」
声を荒げるのは、ギルモンドである。よくぞ、あの場で耐えた。エシェルを名乗る娘に、怒りが止まらない。
「エシェルは無事でしょうか?」
ギルモンドと王太子は顔を見合わせた。言葉を出したのは、王太子だ。
「聖祭の日の悪天候は、聖獣の嘆きだったのではないか。
ギルモンド、今は抑えるのだ。ロクサーヌ夫人とエシェル嬢の安全が最優先である。
あの男がユーラニア伯爵家を乗っ取ったっとしたなら、邪魔な夫人と娘をどうするか、わかるだろう?」
「はい、殺すか、人目のつかない所に監禁するか」
「そうだ。もし、監禁されているなら、我らの行動は慎重にするべきなのだ。
隠密に調べねばならない」
王太子の意を、ギルモンドも汲んでいる。
「あの娘は僕の婚約者ではありませんが、エシェル・ユーラニア伯爵令嬢は僕の婚約者です。
本物を見つけるまで、あの娘を監視するしかありません」
ギルモンドの表情は8歳の子供とは思えないほど、苦痛に満ちていた。
どうか、無事でいて。
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