ハサンとアイリスの密談
やたら親しげな、自称兄という侍女。
ハサンは、まるで倒錯の世界にいるような奇妙な感覚に見舞われていた。それでも、遠ざけようという気にならないのは、アイリスが綺麗だからだろう。
「ところで、アイリスは女性名だと思うが?」
木にもたれたハサンは、美人は得だなと思う。
「27歳で亡くなった父親がつけたらしい。僕がまだ小さい頃に亡くなったので、覚えているのは黒髪で緑の瞳・・」
アイリスの言葉を遮って、ハサンが声を出す。
「私は、君の父親じゃない」
ハサンは自分の黒髪の手をやり、緑の瞳でアイリスを睨む。
「当り前でしょ。生きていたら40歳超えているよ」
クスクス笑うアイリスに、ハサンは脱帽する。
「とんでもない悪女だな」
「ひどいな、悪女だなんて。それより、本題なんだけど」
作為的にアイリスが、上目使いにハサンを見る。
「ハニートラップに引っかかるようじゃ、王太子失格だ。他をあたれ、あの公子とか」
今度はアイリスがハサンを睨むから、悪戯をして痛い目にあったのかもしれない、とハサンは思う。
「僕もギルモンド殿下も、シェルの同行に反対したんだ。
王太子殿下は、シェルがワガママで無理やりついて来た、と思ってるだろうけど、それは当たっていて、外れている」
「ややこしいから、ハサンと呼べ」
ハサンが、王太子は二人いるからと許可をする。
アイリスは頷いて、話を続ける。
「シェルの同行を許可したのは、王ではなく教会だ。シェルは、エシェル・ランボルグであり、エシェル・ユーラニアだから。
アジレランドに逃げ込んだエシェル・ユーラニアは偽物だと、ハサン様もご存知でしょう?
シェルは、その娘を追いかけてきたのだけど、それだけではないみたいだ。
さっきも言ったけど、シェルが空気が悪いって。僕は何も感じないけど、シェルは感じることが出来る。
シェル自身も分かってないみたいだけど、アジレランドに来る必要性を感じているのは、何かするためだろう」
「つまりは、何をするか分からないけど、何かするから行動の制限を付けるな、ということか?
それこそ、無理だな。
国交のない外国人が挙動不審な行動をすれば、地位に合わせた部屋で監禁だな」
言いながら、ハサンはアイリスの言葉を考える。アイリスの妹の同行を許可したのが王ではなく教会。
それは王の反対を押しのける程の権力を教会が持っている、とうことか?
諜報からは、そのような報告はきてないが。
「教会は、君の妹を優遇している、ということか?」
「優遇しているのは教会だけではないよ、王家もだ。
シェルはただ一人のユーラニアだから、失うわけにはいかない」
アイリスとハサンの視線が交わる。
言葉にしないが、ユーラニアがウーラと重なる。血族のみに伝わる力。
ハサンには、ユーラニアの力の想像がつかないが、教会から認められた力ということなのだろう。
そして、ノーラは弾圧される力だが、ユーラニアは保護される力なのだろう。
「アジレランドに近づくと空気が悪い?」
ハサンはシェルが言ったという言葉に、身震いするほど興奮した。ノーラと対立する力?
「ブルーゲルスの聖水が特別なのは、ユーラニアがいいるからか?」
「それは、わからない」
アイリスが首を横に振ると、ハサンは凭れていた木から離れてアイリスの肩を掴もうとしたが、その足を止める。
「そこまでにしていただきたい」
木陰から出て来たのはグイントだ。
ハサンもグイントもお互いの存在に気がついていたが、アイリスは気がついてなかったようで驚いている。
「やっと出て来たか」
ハサンが面白そうに言えば、グイントはアイリスの前に立ってハサンが近づかないようにする。
「俺がアイリスを一人で行動させるはずないでしょう」
尾行というよりは、ストーカーである。
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