アイリスの告白
ハサンが見ていると、ギルバード王太子と側近のシェイドラ公子が婚約者と侍女のところに行くが、反対がないのに気がついた。
婚約者が王太子と一緒に行きたいのではなかったのか?
なにより、野営も文句を言わずに出された料理を食べているのだ。とても王太子の婚約者となるような高位貴族令嬢が我慢できるものではないだろう。
ユーラニア伯爵が妻と娘を追い出し愛人を屋敷に引き入れたとあるが、その辺りが曖昧である。教会に安置さてれている遺体が妻である。娘はランボルグ侯爵に引き取られ、先日、本懐を遂げて、父親と愛人の所業を公にして、二人はユーラニア伯爵家のっとりと、ユーラニア伯爵家嫡流の妻を殺害した罪で処刑された。
ユーラニア伯爵家に生まれ、父に疎まれたとはいえ、ランボルグ侯爵家で育った令嬢である。
そんな15歳の令嬢が母の敵を討つなど、仕組まれた復讐劇だと思っていたが、アジレランド王国への道中の様子で、考えが改まってきた。
可愛い令嬢であるが、時折、不気味さを感じるのだ。
「殿下は、騙されてくれませんね?」
後ろから足音を消して近づいて来た人物にハサンは視線を向ける。
やはり、侍女だったか。
後を付けられているのは気がついていた。
「どうして、つけてきた?」
「うーん、僕もシェルも殿下に敬意を払っているから?」
何故か、親しそうにアイリスが話しかける。表情からして見下しているとかではなく、懐かれているようだとハサンは感じた。
自分は他国の王太子で、10歳程上であろう。
怯えられることはあっても、親近感をもたれることはなく、ハサンも戸惑う。
「ブルーゲルス王国に来るには、相当の覚悟をしてきたに違いないと思うし、王太子でないと決定できないことがあった?」
アイリスの言う通りである。聖水を求めて来たが、ただで譲ってくれるはずがなく、その対価の決定は、王太子でないと即断てきない。
なにより、王太子が来たということで、ブルーゲルス王国側の対応も違ってくるかりだ。
「それに、殿下は僕達が気になるようだったし、気に入らないよね?」
「シェルというのが、ギルモンド王太子の婚約者のご令嬢か?」
「うん、そう。僕はアイリス・ランボルグ」
親しそうに、アイリスが自分の正体を言うのに拍子抜けしたハサンである。
「アジレランド王国が近づくにつれ、シェルが時々、苦しそうなんだ。空気が悪いんだって。
だから、ここはもう、殿下に直接聞いた方がいいかな? って思って。」
「空気が悪い?家名からすると、ご令嬢の身内か?」
「兄です」
ペコリと頭をさけるのは、どこから見ても侍女にしか見えない。
「これは、婚約者がついていくのも反感を買うのに、さらに兄も、ってわけにいかないから、侍女にされた。もっとも、これは誰かの作為があるようだけど」
ドレスの裾を手で持ち上げて、侍女服を強調する。
「兄か、信じがたいね。女の子にしか見えない。 その作為というのは、シェイドラ公子か?」
うんうん、と頷いて、アイリスはハサンの言葉を肯定する。
アイリスはハサンの前に片膝をついて、騎士の礼をする。
「殿下にお願いがあって、つけて来ました」
それまでの親しそうな言葉ではなく、王太子としてアイリスは対峙する。
「もうすぐアジレランド王国領に入る訳ですが、妹が奇妙な行動をするかもしれないので、ここで、お知らせした方がいいと判断しました。間者と疑われては危険ですから」
ハサンは心の中で溜息を吐いて、大きな木の幹にもたれかかると、アイリスには切り株を指さして、座るように誘導する。
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