王子の婚約
王家での視点になります。
今回の聖祭は過去に例を見ないほどの悪天候で、人出は減り露店等も早々に店を閉めた。
儀式での聖獣に異常は見当たらず、それどころかユーラニア伯爵家の次代を気に入り加護を与えたほどだったから、王家も教会も聖獣の機嫌を損ねたとは考えていなかった。
それよりも、聖獣が北部の懸念を示したことで最重要問題となった。どれほどの緊急度かも、北部のどの地域かもわからない。
聖獣の加護のあるこの国は、温暖で災害が少なく他国にとっては魅力的な地である。過去にも侵攻を受けた事があるが、大戦になる前に終息させることが出来た。
豊かな国力は、豊かな戦力でもあるのだ。だからといっても安心要素などなく、王にとっては最重要課題である。
「父上」
会議が終わるのを待っていたのは、ギルモンド王子。
父親の王太子も、祖父の王も要件はわかっていた。
エシェル・ユーラニア伯爵令嬢との婚約の件を、急かしに来ているのだろう。
「お前もご令嬢も幼い、婚約を急ぐ必要もなかろう。今は優先すべき事があるのだ」
王としては、聖獣の縁とはいえ幼い二人の婚約の準備にさく時間がもったいないのだ。
ギルモンド王子とユーラニア伯爵令嬢が婚約する為には、王家から婚約の使者をたて、ユーラニア伯爵家の了承をえて、教会で証明をもらわねばならない。
王家と教会は聖獣の儀式に関しては協力関係ではあるが、どちらも聖獣の力をより得たいと思っているのだ。ユーラニア伯爵家を取り込みたいが為にお互いを牽制している状態である。
ユーラニア伯爵家への不可侵が、暗黙の了解という形で長い年月が過ごされたのだ。
それが今回、聖獣がユーラニア伯爵家と王家の結びつきを認めた事になり、教会が面白くないのはわかっている。
時間をかけて承認をするだろう。
それを根回しする手間をかける時間が、今は惜しい。
それと、ユーラニア伯爵夫人は虚弱である。代々のユーラニア伯爵家当主も身体の弱い者が多かった。
ユーラニア伯爵令嬢も身体が弱ければ、王妃はおろか、王子妃も務まるまい。
ギルモンドは王太子となり、いつか王となる王子なのだ。
初めて見る聖獣に加護を与えられて、ユーラニア伯爵令嬢を特別に思っているだけだ。
ユーラニア伯爵家を神聖化してはならないのだ。
王家が国の頂点でなければならない、ユーラニア伯爵家は臣下であるべきだと分かるだろう。
婚姻になったとしても、王妃の責は別の人間が必要になる。
王は、孫王子がまだ8歳ということに幼さを感じていた。
だが、ギルモンド王子は王の表情を見て、正しく読み取っていた。
(おじいさまは、僕とエシェルの障害となる人物)
だが、自分には何の力もないと気がついた。
まずは、王太子の地位と権力が必要だ。それには現王に譲位をしてもらわねばならない。
「ユーラニア伯爵家に婚姻を打診しよう。だが、伯爵夫人は身体が弱く領地の澄んだ空気が必要なのだ、すでに領地に戻っているだろう。
急いでは、伯爵夫人の身体に負担をかける事になるかもしれない。ご令嬢に心配をかけたくはないだろう?
時期をみて、進める形になる」
王は王太子と王子に言い切ると、それで話は終わりとばかりにギルモンド王子に背を向けた。
「はい」
今は受けいれるしかない、とギルモンドは拳を握りしめた。
伯爵夫人とエシェルは領地に戻っているだろう、とはギルモンドも予想していた。領地のエシェルに手紙を送ろう。
領地の生活で、自分のことを忘れられたら困るからだ。自分はこんなに会いたいと思っているのに、エシェルは思ってくれているだろうか?
ギルモンドが手紙を書いても、ユーラニア伯爵領のエシェルからの手紙の返事がないことに、不安になるのはすぐのことだ。
それでも、王家からユーラニア伯爵家に婚約の申請書が送られ、ユーラニア伯爵から了承の返事がきたことで、ギルモンドの不安が少なくなったが、エシェルからの返事はないままだった。
お読みくださり、ありがとうございました。