演奏会の終わり
音楽祭の会場は物々しい雰囲気になっていた。
ユーラニア伯爵夫妻の捕縛だけでなく、ユーラニア伯爵夫人と懇意の貴族も聖水による確認を求められたのだ。邪教のことを公にしないために、ユーラニア伯爵家乗っ取りに関与の疑惑という形をとっている。
王都の信者達も、人身売買や誘拐、殺人の罪で邪教のことは伏せての捕獲である。
「エシェル・ユーラニアがいないだと?」
騎士から報告を受け、ギルモンドの拳が握られる。
学生がエシェルの為にシェルを襲ったのは、エシェルに寄る精神関与によるものだ。ユーラニア伯爵家乗っ取りは幼くて知らなかったとしても、邪教の信徒である可能性は大きい。
「女の足で遠くに逃げられるはずがない。王都中に捜査の手を広めるのだ」
フランクがエシェルを連れて逃げているとは、誰も想像してなかった。
王都の各地は騎士や兵士が邪教の信徒達を捕らえる為に動員されて騒がしかったが、馬で王都を駆け抜けるフランクとエシェルを見つける事が出来なかったのは、何らかの力が作用したのかもしれない。
シェルは連行されて行くユーラニア夫妻を見ていた。
自分を殺した男を見て、何の感慨もなかった。まだ、これから罪を白日の元にさらして、自分と母親の名誉と名前を取り戻してやっと終えるのだ。
今はマルクがシェルの父親である。レオルドに父親を感じることもなかった。
それより、アイリスがケガをおして、自分を手伝っているのが心配で仕方ない。グイントに支えられるようにして会場に来た姿を見た時は、抱きついたほどである。
ロクサーヌの遺体は、司教が丁寧に祈りを捧げながら棺に寝かせている。会場にいる人々は、粛々としてその様子を見守っている。
演奏会が始まってから数時間経つが、遺体が変色することもなく、さっきまで生きていたかのような状態なのだ。
それが9年前に亡くなった遺体だとなれば、奇跡と言われて信じるしかない。
これからは、教会に安置されることになる。
シェルは、アイリスとマルクに囲まれて教会に運ばれる母親の棺を見送っていた。
そっと肩を抱かれて、ギルモンドが来たのだと知る。
「エシェル・ユーラニアが逃げた。王都中を探させている」
振り返ったのはマルクだ。会場の包囲は、ギルモンドだけでなくマルクも案を出して決めた。蟻の子一人抜け出せない布陣にしたはずだ。
「僕はこれから王宮に戻る、シェルも来るか?」
ギルモンドの誘いに、シェルは首を横に振る。
「レオルド・ユーラニアの尋問には立ち会えないのでしょう?
それなら、アイリスを屋敷に連れて帰って休ませたい」
尋問というより拷問に、15歳の貴族令嬢を立ち会わせるこどしないのは分かり切っている。
「アイリス、シェルを頼むよ。私が王宮に行って立ち会ってくる」
マルクは、ケガ人であるアイリスに言うから、アイリスが頷くのと、シェルが反論するのが同時だった。
「私がアイリスを連れ帰るのよ」
シェルの拗ねた物言いが、緊張した空気を緩めて、場を和ませる。
演奏会は終わったが、多くの人々がロクサーヌの棺に付き添って教会に向かい、聖水で検査を受ける事になった。
それほど、ユーラニア夫人の交友関係は広かった。
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