邪教の影
アイリスはケガをし、馭者は殺された。
復讐を決意した時からリスクを覚悟していたが、自分を庇ってアイリスが斬られたショックは大きかった。
シェルにとって、アイリスの存在は大きい。
「シェル」
ギルモンドが心配して、シェルを引寄せる。
「やはり、どこかケガをしているのではないか?」
「アイリスが庇ってくれたから、私はケガをしてない。それに、武術を習った時に、守られることも習ったから」
警護が守りやすいように動くのをギルモンドも身に付けているから、シェルはアイリスが動きやすいようにしたのだろうと察する。
それでも狭い馬車の中では、凶器を持つ犯人から完全に避けることができずにアイリスは斬られたのだろう。
もっと早くシェルが逃げ出せたらアイリスは凶器を避けれたのかもしれない、とシェルは思っているのだろう。
「シェルの思う通りなのだろうが、狭い馬車の中で体勢を変えて暴れる二人の下から逃げ出すのは簡単なことではない。それはシェルを守るアイリスはさらに難しい姿勢を強要されるということだ。
だから、アイリスは腕を犠牲にしたのだろう」
凶器を避けようがなかった、とギルモンドが言う。
シェルはギルモンドにしがみ付いて、声を殺して泣く。
「大丈夫だ、アイリスは制服の布地で威力を軽減できると考えて腕をだしたのだろう」
王家の馬車にシェルを乗せながら、ギルモンドはシェルの背を抱く。
ランボルグ侯爵家に行って、事の顛末を説明せねばならない。
ランボルグ侯爵家の馬車は、騎士達が検分をしていて、馭者の遺体の処理も学院への説明も、騎士達がするだろう。
今は、なによりシェルを優先せねばならない。弱っているシェルが、愛おしい。
王家の馬車に揺られながら、シェルは怒りを抑えていた。
今にも、ユーラニア伯爵家に乗り込んで、エシェル・ユーラニアの首を絞めそうだ。
大事な人を傷つけられた怒りは、大きくなるばかりである。
エシェル・ユーラニアの大事な人は誰だろう? その人が傷つけられたら苦しむのだろうか。
と考えて、その人物がここにいることに気がつく。
エシェル・ユーラニアの婚約者は、ここにいるギルモンドだ。
シェルがギルモンドを見つめているのを、ギルモンドは不安なんだろうと都合よくとっている。
シェル自身は、エシェルを苦しめるためでも、この人は傷付けられないと考えている。
肩を寄せ合って座る二人の体温が伝わる。
温かい。
怒りが静まることはないが、冷静になってくる。
この人は、ずっと私を探してくれていた。
この人は、私が生きているって信じてくれていた。
この人は、なんでも私をいいようにとってくれるのだ。
なんだか、気持ちが楽になってくる。
「犯人はどうなるのですか?」
「まだ15歳の学生がするには、大胆すぎる犯行だ。 エシェル嬢に操作される生徒は、邪教の信徒と接触していると考えられる。
クラスメイトとしてエシェル嬢と接し始めたのなら、聖水ですぐに意識を取り戻すだろうが、ひどい後悔に苦しむことになる。前回の学生がそうだった。
だが、今回は馭者を殺して、侯爵子息にケガを負わせている」
邪教は、どれほどの人を貶めているのだろうか。密かに自分達に都合の悪い人間を消してきたに違いない。
ユーラニア伯爵のことで、表面化できたのだ。
「お母様の葬儀の時に、聖獣がお母様に寄り添っていたの。聖獣はきっと知っていたのね。
だけど、何もしないんだわ」
「違うよ。君を生き返らせてくれた」
「そうね」
聖獣はどこまで知っているんだろう、と考えるうちに馬車はランボルグ侯爵邸に着いた。
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