ロクサーヌの葬儀
マルクは、聖獣の姿を見た時に覚悟した。
命に代えてもこの娘を守れ、と言われた気がした。
「ルミナス、エシェル嬢を我が屋敷に連れて行って専門の医師に診せたいが、どうだろう? 毒を盛られたならば、後遺症があるかもしれない」
「そ、そうね」
ルミナスが立ちあがると、マルクが反対に膝をついた。
「エシェル嬢、我が家に来てくれないだろうか?
医師の診察もあるが、ここは森に近く、もしユーラニア伯爵がどうなっているか見に来たら見つかる危険がある。
母君の葬儀も、ここよりも私の所の方が安全にできる」
教会に連絡して司教に来てもらった方がいいだろう、とマルクは考えているが、教会でも秘匿されているため枢機卿以上でないとユーラニア伯爵家の事を知らない。
ギュッとエシェルがアイリスにしがみ付けば、アイリスが諭す。
「ランボルグ侯爵様は、信頼できる方だよ。僕もランボルグ侯爵邸の方が安心できると思う」
7歳のアイリスには理解が難しい話になっているが、エシェルにはその方がいいと思える。
「ここは僕と母上だけで、使用人も少ないから」
「アイリスも来て」
父親に殺されたのだ、誰を信用していいかわからない。でも、アイリスは信用できる。
エシェルの頼みに、アイリスが断れるはずもなく、大きく頷いた。
「お姫様の仰せのままに」
アイリスが手を差し出せば、エシェルがその手を握る。
「ルミナス、君もだ」
マルクが差し出す手を逡巡したルミナスは、そっと手を重ねた。
「マルク様、以前のお申し出がまだ有効なら、ここで受け入れたく思います」
ルミナスの言葉にマルクが喜色を浮かべたが、それを抑える。
「ただし、私の子供はアイリス一人ではなく、エシェルという娘もいることを分かってくだされば」
「もちろんだとも」
マルクは馬車の手配をして、エシェルを抱きかかえたが、エシェルが抵抗することはなかった。すぐに寝息が聞こえ、ルミナスの瞳から涙が落ちた。
「この小さな身体に、どれほどの負担がかかっていたのでしょう。毒が残っているのかもしれませんし、父親、母親のこと、気を張っていたのでしょう」
次にエシェルが目を覚ました時は、すでにランボルグ侯爵邸だった。
前と同じように、アイリスがベッドの横にいて、エシェルの手を握っていた。
「寝ている間にお医者様の診察があったよ。発疹や熱がないのは確かめられたけど、眼がかすんでいない? 頭が痛い?」
エシェルの目が覚めたら確認するように言われていたのだろう、アイリスがエシェルの額に手を添えて聞いてくる。
「ううん、ちゃんと見えるし、頭は痛くない」
「そっか、よかった」
あのね、とアイリスが続ける。
「エシェルの母君のお葬式は、明日に決まったよ。王都の司教様が来てくれる」
ふあぁ、と声が出たエシェルから止めどなく涙が流れる。
「おか、お母様が、お母様が!」
うんうん、とエシェルを抱きしめるアイリスも泣いている。
二人は泣き疲れて、そのまま一緒のベッドで眠った。
医者とルミナスたちが何度か見に来たけれど、起きる事はなかった。
翌日のロクサーヌの葬儀は、聖祭の最中に大金の寄付で王都から司教を呼んだにしては、参列者はマルクとルミナス、アイリスとエシェルだけという簡素なものだったが、白い花で埋め尽くし、決して質素なものではなかった。
司教は、今にも起きそうな血色のロクサーヌを何度も生存確認した。ランボルグ侯爵との関係を探ることはなかったが、死者と参列の子供が銀の髪で、血族だとよくわかった。
独身のランボルグ侯爵と、女性と子供、不思議な取り合わせで親戚というには参列者が少なすぎる。
上部に報告するような葬儀ではなかったが、印象に残り、司教には忘れられない葬儀であった。
雨の降りそうな曇り空だったが、雨が降ることはなかった。時折吹く風が野花を運んで、棺桶の上に降り落ちた。
「キーサンス司教、いつか領地に眠らせてやりたいと思ってます。運び出すために浅めに埋葬してよろしいでしょうか?」
マルクが言うのは、ロクサーヌをユーラニア伯爵領に埋葬するということなのだが、司教にはわかるはずもなく、ランボルグ侯爵領に運ぶのだと思った。
「その時は、私が祈祷に参りましょう」
きっと、私がユーラニア伯爵領に連れて行くから。
お母様の好きな木の丘にある先祖の霊廟、そこに連れて行くから。
エシェルは足に力を入れ、泣くまいと踏ん張る。
「絶対に許さない」
エシェルの小さな呟きは、隣にいるアイリスには聞こえた。
「その時も、僕は側に居るよ」
アイリスの呟きは風に乗って消えた。
葬儀が終わり午後になると雨風が吹き荒れ、王都では聖祭の行事が中断されることもあった。
聖祭の記録の中で、天候が荒れるのは初めてのことだった。
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