シェルがエシェルに付ける心の傷
アリア・ハインツシュレフ男爵令嬢は、アイリスを探していた。街で助けてくれたお礼を言う為だ。
両親が礼を言いたいので、屋敷に招きたいのだ。
同学年でアイリスの存在は知っていたが、昨年のアイリスは人を寄せ付けない秀才というイメージで近寄りがたかった。今年、妹が入学したことで表情豊かになると、アイリスの美貌が注目を浴び、密かに憧れる令嬢も多いが、シェイドラ公子が側にいるようになって近づきにくくなった。
「ランボルグ様」
アリアはアイリスの後ろ姿を見かけて声をかけると、アイリスは足を止めて振り向いた、
「昨日は、ありがとうございました」
「ああ、登校して大丈夫ですか?」
妹のいる兄は、基本的に女の子の扱いが上手い。アイリスも優しく微笑んでアリアを心配するように言う。
だが、自分にはシェルの復讐を成し遂げるのが一番の重要事項なのだ。それの支障にならないように言葉を選ぶ。
「もしかして礼をしようとか思っているなら、遠慮するよ。
もうすぐ音楽祭じゃないか、そんなことを気にせずに頑張って。応援しているから」
じゃ、とアイリスはアリアに返答をさせずに歩き出した。
アイリスは何事もなかったように、熱が下がって登校したシェルの迎えに行く。
警備の者達と視線をかわし、教室に入るとシェルはサリタと一緒にいた。サリタはアイリスの姿を見ると、シェルから離れて、自分の席に戻る。
いつもの風景だが、いつもと違うのは強い視線。
エシェル・ユーラニアがそれを見ていた。
アイリスも気づいたらしく、シェルを引寄せるように教室を出て行く。
邪教の信徒によるアリア・ハインツシュレフ男爵令嬢への暴行未遂、レッグオン伯爵家に対する放火未遂。それらはアイリスに伝えられているが、シェルには教えていない。帰りの馬車で伝えるつもりでいる。
今日は学院に来ていないギルモンドとグイントであるが、聖水だけは届いていている。
それをポケットに隠すと、シェルはアイリスの腕に自分の腕をまわす。
音楽祭がせまっている時期に、学内で行動を起こす事はないだろうが用心に越したことはない。
「お兄様、誰かをエシェル嬢に付けてください」
「もう、付けている。学内の行動は報告がくる」
付けたのはギルモンドだ。ギルモンドはエシェルを避けていたが、邪教のことを知るまで、彼女もユーラニア伯爵と夫人の被害者だと思っていた。だが、自ら邪教の力を使おうとしているなら話は別だ。
シェルには、エシェルも名前を奪った一味で、哀れむところなど最初からない。
「お兄様、今日は王太子殿下は登校されていないのですね?
生徒会の仕事がありますから、早く行きましょう」
周りに聞こえるように、シェルはわざとらしく言う。
エシェルにとって、自尊心を揺るがす言葉である。
王太子殿下と会う、生徒会役員、どちらもエシェルが持っていない物だ。
シェルがアイリスと腕を組んで教室を出て行くのを見送るしかないのが、さらにプライドを壊していく。
私が王太子殿下の婚約者なのに、あの女が憎い。
それこそが、シェルの復讐の一環だと、エシェルが知るよしもない。
シェルは一撃で止めを刺したりしない。ゆっくり復讐をしみこませたいのだ。
その様子を、フランクが面白そうに見ていた。
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