エシェルと音楽会
『音楽祭出演の案内』
エシェルは教師から渡された書類に、目を輝かせる。貴族にとって楽器演奏は嗜みとして推奨されており、音楽家並みの腕前の令嬢も多い。
音楽祭に出演するのは名誉なこととされており、当日は家族にも開放されて、貴族学院には生徒の家族が鑑賞に集まってくる。
多くの生徒が出演するが、新入生の歓迎会も兼ねているので、1年生で出演するのは数少ない。今年は王族として1年生のフランク王子の出演が決まっているが、それ以外だとエシェル・ユーラニアだけかもしれない。
生徒会長のギルモンドが強く推薦したことはエシェルには伝えられないが、音楽祭の出演は教師が音楽能力を認めた生徒や、生徒会や音楽家の推薦によると知られている。
だから、エシェルも思うのだ。ギルモンド様が私を認めてくださっている。
「エシェル嬢」
後ろから声をかけられて振り向けば、フランクが立っていた。
「エシェル嬢も音楽祭に出演すると聞いた。1年生は僕達二人なので、演奏が前後の順番になると思う。演奏曲が重ならないように調整をしないか?」
「ええ、もちろんです」
曲目だけでなく、曲調も似てない方がいいので、演奏候補曲を披露しあう事にする。
二日後に音楽室で演奏するとして、それまでに候補曲を3曲ずつ選曲しておくと取り決めた。
その夜、エシェルは夕食の席で両親に音楽祭の出場を報告する。
「きっと、ギルモンド様の推薦ですわ。1年生では、フランク王子殿下と私だけなんです」
嬉しそうなエシェルに、母親も同調する。
「まぁ、それは素晴らしいわ。旦那様も、お喜びでしょう?」
話を振られて、レオルドは食事の手を止める。
「そうだな。その日は私も観に行こう」
王太子がエシェルを遠ざけていると見られているが、何年も婚約を解消しようとはしないのは、何かの理由があるのだろう。じつは、学院の音楽祭に出演させて、エシェルに経歴をつけようとしているのかもしれない。
娘が王太子妃になれば、金も集めやすくなる。損失などすぐに取り戻せる。
レオルドは、上機嫌でエシェルを誉める。
「音楽会まで、音楽教師を付けてやろう」
「ありがとうございます。明後日にフランク王子殿下と候補曲の披露を約束していますの。
それを相談できる先生だと嬉しいです」
「わかった、早急に手配して、明日、学院から戻って来たら会えるようにしておこう」
レオルドはワインのグラスを手に取った。
そのワインには聖水が数滴たらされていて、僅かな量で気づかないが長期間摂取することで少しづつ効力を発している。
翌日には、レオルドの手配した音楽教師が来て、エシェルの練習を指導することになった。
選んだのはセレナーデを3曲。
フランクはヴァイオリン演奏でソナタと協奏曲を選んでいて、どれを選んでも二人が重なることはないので、音楽祭での演奏曲は自由に選ぶことになった。
順番で音楽室を使用するのだが、エシェルは他の出演者のレベルを知るのだった。
自分では音楽祭で上位になると思っていたが、同じような曲を弾く上級生の音を聴くと明らかに違った。
これでは、ギルモンド様をガッカリさせてしまう。これ以上、嫌われたくない。
エシェルは館に帰ると、寝る間も惜しんでピアノの練習をするようになった。
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