駆け引き
マルクはハンズの報告を受けて、王に謁見を申し入れた。
人払いされた謁見室には、王と王太子ギルモンドがいた。二人とも報告を受けているのであろう、表情が硬い。
「邪教の儀式はとても残酷だ。生きたまま内臓を取り出すのが、最高位の儀式らしい。
そして、生け贄は、10歳ぐらいの子供が好まれる」
王の言葉に、マルクはおぞましさと、ユーラニア伯爵家の闇の深さを知る。
「邪教の信徒は危険だ。他者の命を奪うのを躊躇しない」
王が言おうとしていることを、マルクも理解できるが受け入れは出来ない。
「陛下がエシェルを心配してくださるのは、よく分かっています。ですが、エシェルが報復を止めることはないでしょう」
マルクにとってエシェルは娘でありながら、聖獣の巫女なのである。エシェルの意に従うのは当然のことなのだ。
「邪教の信徒を一網打尽とするため、今は捕縛することは出来ない。邪教の取り締まりを知られれば、信徒達は王都から逃げ出し、各地に潜んで活動するだろう。
ユーラニア伯爵のしたことは断罪すべきことだが、それは邪教を弾圧したあとでなければならない」
今すぐにでも処刑をしたいのは王も同じ気持ちだが、それで他の信徒が気がついて逃げられては困るのだ。
「陛下、邪教に頼って望みを叶えるなど、あってはなりません。
一時的に叶えられても、砂上の一角であるはずです」
シェルの復讐は、それとリンクする。
名前を取り戻すために、ユーラニア伯爵を精神的に追い詰めて暴露させねばならない。
そして、ロクサーヌとシェルを殺して手に入れた幸せは、脆いまやかしだと後悔させる。後悔しても許せるものではないが。
その頃、ユーラニア伯爵は届いた文を握りしめて、唇を噛んでいた。
勝負をかけた投資だった。
新しい香辛料は刺激が強く、サンプルを賞味したレオルドが入れ込んだ。絶対に貴族の間で好まれるはずだ。領地の一部を担保に金を借りてつぎ込んだ。
その貨物船が海に沈んだと連絡が来たのだ。
ダン!
机を叩いても、状況が変わるわけではないが、レオルドは気持ちを抑えられない。
「航路も船も、何度も確認した。荷を積んで沈むなんてありえない!」
もう何度も浮かんだ言葉が、頭の中を巡る。
昔は、こんなことはなかった。
領地も安定していて、莫大な収入があった。
投資も順調で、羨ましがられていた。
伯爵と名乗っても裕福なユーラニア伯爵家の婿になった貧乏伯爵の三男だ、と陰口を言われても平気だった。
ロクサーヌが生きていた頃は、こうじゃなかった。
病気だと弱々しさを前面に出した、辛気臭い女だった。
会話も同じような話ばかり、それさえ疲れたとすぐに終わる。
それでも、金に困ることはなかった。