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君と誓いの月夜  作者: violet
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エシェル・ユーラニア伯爵令嬢

ロクサーヌは一室に安置されて、エシェルは部屋に取り残された。

ルミナスが、アイリスや手伝ってくれた人達を連れて部屋から出て行ったからだ。

ロクサーヌとエシェルを二人にしようという、心遣いだとエシェルにもわかった。


「お母様、お父様の横にいた女の人は誰? 今は分からないけど、調べる。絶対に許さない。

お母様を(だま)していたお父様を許さない。私とお母様を殺したお父様を許さない」

生き返ったけど、今までの暮らしができないことも、今までのようにのんびり暮らしてはダメなことも痛感した。

「誰にも、聖獣様のことは言わない」

だから、お母様は聖獣様の元で安らかに眠ってください。

自然に歌っていた。それは、聖獣を呼ぶ歌。聖獣が降臨することはないと、分かっていても歌わずにおれなかった。


その歌は、部屋の外まで聞こえていた。

母を想う幼い子供の声、美しい韻。

ルミナスが涙を拭い、アイリスはルミナスに抱きついていた。

「知らない歌だけど、綺麗な歌だね」

そういうアイリスも泣いている。

「きっと、エシェルのお母様がエシェルに歌った歌なんでしょうね」

ルミナスがアイリスの髪をなでて、優しく言う。

エシェルとアイリスは同じ年頃だ。もし自分が亡くなったら、アイリスは一人ぼっちになる。

どうしても、アイリスとエシェル、自分とエシェルの母親を重ねて見てしまう。


エシェルと母親の衣類をみても、きっと裕福な貴族であろう。絹のドレスも(ほどこ)された共色の刺繍も簡単に手に入るものではない。まるで礼拝で着用するような、地味に作った最高級品である。靴には宝石が散りばめてあった。


どれぐらい時間がたっただろうか、窓の外は夕焼けになりかけている。

扉を叩く音で、エシェルは顔を上げた。

入って来たのは、ルミナスとアイリス、それと初めて見る男性である。

その男性はエシェルとロクサーヌを見て少し顔をしかめる。

「見事な銀髪だ」

まるで聖図に残る聖獣のような、という言葉を飲み込んだのは、マルク・ランボルグ侯爵。


「こちらのルミナス夫人から、君の保護を頼まれたのだ。私はマルク・ランボルグという。侯爵を(たまわ)っている。どうして、夜の森にいたのかな?」

マルクがソファーに座ると、ルミナスとアイリスも座る。


エシェルはロクサーヌから離れ、3人の前に来るとドレスの裾を持ち、ロクサーヌと何度も練習したカーテシーを披露する。

「ユーラニア伯爵家長女エシェル、6歳でございます」


「立派な挨拶だ、顔をあげてくれ」

マルクは夜会で何度かあったユーラニア伯爵を思い出す。彼も奥方も銀髪ではなかった、祖先に銀髪がいたのだろうか。

「見事な銀髪だな」

言葉にしながら、ルミナスは娘と母親をみつけ娘が助かったと聞いているので、ユーラニア伯爵の娘ではないのではと思う。


「ユーラニア伯爵家は代々銀髪の者が生まれ、そのものが嫡流となります。

私の母、ロクサーヌ・ユーラニアもそうです。身体が弱く領地から出る事はありませんでした。

聖祭の為に、5年ぶりに王都に参りました。

5年前は、私の1歳の祝福を大聖堂で受けました」

エシェルが後ろを振り返り、安置されているロクサーヌの銀髪を見せる。


マルクの頭の中で、いろんな情報が交差する。

ユーラニア伯爵が妻だと連れていたのは、茶髪の女性である。もう何年も前からだ。

ユーラニア伯爵領は、自然災害が少なく農業、鉱業に恵まれた国内有数の富豪である。そして、代々領地を中心に暮らしていて、今代の伯爵が王都にいることが異様に多いのだ。

そして、先代のユーラニア伯爵が銀髪であったことを思い出した。

では、今代のユーラニア伯爵は入り婿という事だ。調べれば、すぐに確証がみつかるだろう。

ゴクン、と唾を飲み込む音が自分の中で響いて、マルクはエシェルを見た。とても6歳と思えない返答と言葉使いである。そして、後ろのロクサーヌを見る。

マルクにつられて、ルミナスとアイリスもロクサーヌを見て驚いた。


そこには、聖図で見る聖獣がいた。

横たわるロクサーヌに寄り添い、ロクサーヌの頬を角で撫でていたが、マルク達と視線が合うと少しの光を残して消えた。

ルミナスがソファーからずり落ちる音に、マルクとアイリスも我に返る。それは一瞬の出来事だが、確認をしなくともお互いが見たと認識をした。自分達は同じ幻想を見たのだ。


エシェルから歌が聞こえると、ロクサーヌの上で光が輝いて消えた。


アイリスがエシェルに駆け寄り跪いて、泣きじゃくるエシェルの手を取った。

「巫女さま!」

エシェルは首を振りながら、「巫女じゃないの」と否定するのが精一杯だ。エシェルもよく分からないからである。


「お父様が、お母様と私に毒を盛ったの。知らない女人がいて、森に捨てて獣に食わせようって」

嗚咽(おえつ)しながら、幼いエシェルが懸命に伝える言葉に嘘があるとは思えない。

なにより3人は、聖獣が守っている姿を見たのだ。


「マルク様、来ていただいたのは、このご夫人が亡くなっているのを森で見つけて、昼過ぎに連れて来たのですが、さっきまで生きていたようでしょう?」

ルミナスも聖獣の姿を見て、もうわかっている。この異様な事も納得をしてしまう。

ルミナスはアイリスごとエシェルを抱きしめて、マルクを見上げた。


入り婿のユーラニア伯爵は王都に愛人を囲っていて、妻と称して連れていた。

そこに本物の妻と娘が来て、殺したのだろう。それは衝動的というよりは、計画的であったと思われる。

ところが、娘は死ななかったということだ。伯爵が森に二人を遺棄(いき)した時は、仮死状態だったのかもしれない。

王都の貴族の多くが、ユーラニア伯爵と愛人を本物の伯爵夫妻と認識している。

マルクは現状を考えて、そうだろうと結論した。

エシェルの母親のユーラニア伯爵夫人は、貴族子女が通う学院にも通ってなかったのだろう。自分も姿を見たことはなかった。

誰も知らないから、偽物を本物と押し通すのも問題はなかったのだ。


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