北と邪教
ギルモンドがシェルの指先を撫でる。
バシン!
瞬時にその手が払いのけられて、睨まれる。
「君は・・」
言い淀んでギルモンドは口を閉じた。ギルモンドとシェルの想いに温度差があるのは、明白だからだ。
ギルモンドは横目で、グイントとアイリスを見る。なんだかんだと仲がいいように見えるし、アイリスは男なのにドキッとする反応をする。
反してシェルは冷めている。
王太子の立場として、それは新鮮で可愛いのだが、シェルには伝わらないらしい。
「真剣に話しているの、茶化さないで」
「可愛いなぁ」
「はぁ!?」
ギルモンドとシェルの会話は成立していないのに、話が進む。
「私は殺されたのよ!」
ギルモンドがふざけているように思えて、シェルは言ってしまった.
アイリスとグイントが顔を見合わせる。
「どういうこと? 僕がシェルを見つけた時は、弱っていたけど生きてた」
「生き返ったの。食事に毒を盛られて、全身を突き刺すような痛みと焼けるような苦しみで意識は途切れた」
シェルはその時を思い出したように、唇を噛み締めた。まさか父が裏切っていたなど思いもしなかった。
ギルモンドはシェルを守るように、その肩を抱きしめて生きている体温を確かめる。
「シェルを見つけた時、服は大量の血で汚れていた」
成長して知識を得た今ならわかる。あれほどの吐血で幼子が生きているはずがない。
アイリスは、聖獣の姿を思い出した。母親に寄り添っていた聖獣は、シェルを生き返らせたのだろう。
聖獣の毛並みと同じ色の髪の母親とシェル。
「自分の子供さえも殺すのが邪教というなら、絶対に根絶しないといけない」
アイリスが考えていることは、皆が同じだ。
ロクサーヌとシェルは、愛人を正夫人とするだけでなく、邪教の生け贄とされたのかもしれない。
ユーラニア伯爵の罪が、また一つ増える。
アジレランド王国、ギルモンドの脳裏に北の国がよぎる。
急激に勢力を拡大した影には、邪教があるのではないか? 石板があったとされるのは北部地方の遺跡だ。
「グイント」
低いギルモンドの声に、グイントも低い声で応える。
「北ですか?」
ギルモンドとグイントは何度も視察に行って、現状が分かっている。すでに手の者を潜ませているが、アジレランド王国が邪教と関係があるなら、諜報員を二重スパイとされてしまう可能性がある。
「教会に聖水を依頼します」
グイントの言葉でアイリスとシェルは、詳細は分からないが北部が今も邪教と密接な関係があると感じた。
「シェル、ユーラニア伯爵家が邪教と関係しているなら、ユーラニア伯爵家と懇意にしている者も汚染されていると考えるべきだ」
ギルモンドは自分の母親である王妃もそうだろうと考えている。
いくらロクサーヌとシェルが領地から出ずに、他貴族に知られていないと言っても、愛人が簡単に認められているのは不自然である。
「大規模な粛清がなされなければ、シェルがエシェル・ユーラニアであると周知させることは難しいだろう。
だが、その粛清をしなければ国が傾く」
さっきまでの軽い雰囲気が消えたギルモンドは王太子の顔だ。
それに付随してグイントも今までと表情が違う。
アイリスとシェルは、二人の真価を見た。
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