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君と誓いの月夜  作者: violet
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エシェルの目覚め

窓から朝陽が射し込み、意識が浮上する。

エシェルは、ゆっくりと覚醒した。

全部、覚えている。

大聖堂で儀式をおこない、聖獣と会ったこと。

初めて行った王都のユーラニア伯爵家の屋敷。

優しい父は偽りの姿だったこと。

領地に来る父には、王都に別の暮らしがあったのだ。

毒を盛られ、母も自分も倒れ、馬車で運ばれ捨てられたこと。

全身が針で刺されるような痛み、たぶん・・・あの時に死んだのだ。


そして、生き返った。

聖獣はこの事を予見していたのだろうか?


ツウ、と頬を涙がつたう。

哀しくって、苦しくって、苦い感情が身体をまわる。

母のロクサーヌはどこだろう?

自分だけが生き返った?


「お母さま!」

震える声でも、部屋の外まで聞こえたらしい。バタバタと足音がして部屋の扉が勢いよく開いた。


「目が覚めたの?」

扉を開けて入って来たのは、同じ年ぐらいの女の子と見間違いそうな綺麗な男の子である。

「どうして、あんな所に?」


意識が無くとも、昨日聞いた声に、エシェルの気が緩んだのかもしれない。(せき)が決壊したように感情があふれ出す。

「うわぁぁあ!」

怖さも虚しさも苦しみも、血を吐くようなエシェルの叫び。

エシェルは、まだ6歳。

どうしてこんなことになったかなど、わからない。

ただ、父親に殺されたのだ、それしかわからない。


身体を丸めて震えながら泣くエシェルを、アイリスは抱きしめた。

「泣かないで。大丈夫、ここにいればいいから」

そっとエシェルの髪をなでて落ち着かせようとするが、アイリスもつられて泣き出した。

エシェル6歳、アイリス7歳の出会いである。

二人で抱き合って泣いていると、涙と鼻水でぐちょぐちょだ。

グスン、グスン、どちらのかはわからない鼻をすする音が部屋に響く。


「あらあら、二人ともくちゃくちゃね。お腹空いてない? お水を飲もうね」

トレイをテーブルに置いて、アイリスの母親であるルミナスが声をかけてベッドに腰かけた。

エシェルの身体が驚いて跳ねたが、アイリスに抱き締められているので身体が大きく動きはしなかった。

「驚かせちゃったわね。私はルミナス・マサラッティ。その子は息子のアイリスよ」


エシェルは泣き止んで、ルミナスに見惚(みと)れた。

母親のロクサーヌが(はかな)げな美人なら、ルミナスは明るく生命力にあふれた美しさである。

差し出されたカップを持てば、その手をアイリスが支えてくれる。アイリスの体温が伝わってきて温かい。


「ありがとうございます。私はエシェル・ユーラニアです」

水を飲むとエシェルも落ち着いて、助けてくれたお礼を言うことが出来た。

何より、ロクサーヌの事が心配である。

見知らぬ人達だが、自分を助けてくれたこの人達しか頼れる人はいない。

「お母様を助けて。同じ馬車に乗せられて捨てられたはず」

自分が助かったように、ロクサーヌも生きているかもしれない。あの場所に取り残されているのではないかと、エシェルは思いたいのだ。


「貴女がいた場所に、お母様もいたの? あの森に?」

あの時はこの子のことで手いっぱいで周りを見る余裕はなかった、とルミナスは思い出す。深夜の森なのだ、不気味で早く戻ることしか頭になかった。

昨夜アイリスから、大人と子供が倒れていて子供だけが動いたので運んだと聞いたから、動かなかった大人が母親なのだろうと推測する。

「もしお母様がいらっしゃっても、私だけでは運べないわ。男手をお願いして森に探しに行ってみるから安心してちょうだい」


ルミナスが出て行った扉を見ながら、アイリスはエシェルを抱き寄せた。

「母上が君の母君を探してくれるから、きっと大丈夫だよ。僕はアイリス・マサラッティ、女の子みたいな名前だけど、ちゃんと男だからね。だから、女の子は守ってあげるんだ」

アイリスはルミナスが置いていったトレイをベッドの上に置くと、エシェルに食事をさせた。

スープは冷めてしまっていたが、エシェルは残さずに食べられた。サンドイッチは一口だけだったが、お腹がいっぱいになって眠ってしまった。

アイリスはエシェルの様子をみて、何か事情があるのだろうが今は寝かせてあげよう、と側を離れた。

母親のルミナスが医者を手配しているだろうし、エシェルの母親を探すために、実家の伯爵家に頼んでるかもしれない。

アイリスは自分の部屋から本を持ってきて、アイリスのベッドの隣の椅子に座った。

寝ているエシェルを一人にしたくはなかったのだ。


夕方になる前に、家が騒々しくなった。たくさんの人間の話し声や物音が聞こえる。ジェシーも一緒に行ったのであろう、鳴き声が聞こえる。


様子を見に行って戻って来たアイリスの顔色がよくない。

「エシェル」

ギシ、とアイリスが乗り上げたベッドが(きし)む。


アイリスが言わなくとも、エシェルには分かっていた。きっと、ロクサーヌを探しに行って見つけたのだ。

ロクサーヌが生きていると思いたいけど、(はかな)い希望だと知っていた。


「お母様のところに、行きたい」

アイリスがエシェルの手を取り、ベッドから降りる。


玄関には人垣ができていて、近寄るエシェルとアイリスに視線が集まる。誰だ、あれ。と会話も聞こえてくる。

そこに寝かされている人物が目に入って、エシェルは走り出した。

「お母様!」

(すが)りついて揺り動かすも、微動ともしない。

「お母様!」


「エシェル、見つけた時はもう・・」

ルミナスは実家の伯爵家に頼んで男手を集めて森に探しに行き、ロクサーヌの遺体を見つけた。それは、さっきまで生きていたような遺体で、獣に襲われた形跡もなかった。

もう少し早く見つけたら、生きていたのかと後悔したが、それはすぐに不審に変わった。

遺体は(いた)んでいくものだが、森から運ぶ間も変化がないのだ。変色も硬直もしない。こんな事はありえない。

「エシェル、貴女は誰?」


読んでいただき、ありがとうござしました。

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