エシェルの長い夜
時系が少し戻って、シェルとアイリスがユーラニア伯爵邸に忍び込んだ時になります。
母親は夜会で出かけ、父親がいるものの夕食を終えると早々に部屋に戻った。
エシェルは、最近の家族の雰囲気が変わって来ていると感じていた。
父親の元には、商人やたくさんの人間が訪れる。
領地経営が思わしくないのもわかっている。
母親からは、王太子の心を引き止めるように言われる事が多くなった。王妃は大事にしてくれるが、王や王太子殿下には会うこともない。
王太子殿下は学院で見かけるが、エシェルに声をかけるとことはなく、ランボルグ侯爵令嬢を気に入っているのは周知のことになっている。
目の前で、王太子殿下がランボルグ侯爵令嬢を構うのは、悔しくって哀しくって惨めになる。
あのクラスメイトがもう少し上手くやったら、ランボルグ侯爵令嬢の顔に傷をつけられたのに。
フランク王子殿下もクラスメイトだから、彼らと同じように使えるかもしれない。フランク王子を従わせられたら、きっとランボルグ侯爵令嬢を排除できる。
エシェルは、そう考えると儀式をしなければと、脅迫に近い思いに囚われた。
母親の部屋に何かあるかもしれない。
自分の部屋を出て、母親の部屋に向かう廊下に使用人の姿をみつける。
「部屋にお茶と軽食を置いておいて。少ししたら、戻るから」
エシェルは、母親の部屋から資料になるものを持ってきて、儀式を行おうと思ったのだ。生け贄には、母親が飼っている鳥がいる。
『体に触り、想いを込めて目線を合わせるの』
母親の言う通りだった。男子も女子も関係なく、クラスメイト達はエシェルに従うようになった。
「はい」
伯爵家のお仕着せを着た使用人の横を通り過ぎるエシェル。その返事をした使用人がアイリスであることなど気がつかない。
よく見れば、見慣れない顔だと気がつくだろうに、自分の目的でいっぱいなエシェルは余裕がない。そして、アイリスの後ろ、カーテンの影にシェルもいたのだ。
エシェルを見送って、アイリスはシェルの手を取る。
「急ごう、隣の応接室から伯爵のいる部屋に入る」
シェルは、エシェルが向かった方向を見ながら呟いた。
「生臭かった」
アイリスは気がつかなかったが、シェルはそう感じたらしい。アイリスはシェルが言うなら、そうなんだろうと思う。
もしかしたら、邪教の匂いなのかもしれないな、と思った。今は、1分一秒がおしい。
アイリスは 応接室つの扉を開け進入する。
エシェルは母親の部屋に着くと、母が何時も隠してい扉を開ける。
本人は気がついていないが、引きだしから出てきたのは、茶色に染まった短剣である。
驚きはしたが、見覚えのある剣だ。儀式で使った剣に違いない。
引き出しを元に戻しつつ、引き寄せられたように短剣を胸に入れる。本を数冊手に取って眠れない夜になりそうだった。
生け贄を当然のように考えている自分に不安をいだかない事が、すでにおかしくなっている証である。
そして、お茶と軽食は部屋に用意されておらず、エシェルは使用人に不信感を抱くのだった。