ユーラニア伯爵邸
レオルド・ユーラニアは、客が置いていった書類を確認していた。最近視力が落ちたと、こめかみに指をあてる。
落ちたのは視力だけではない、何もかもが落ちているのだ。
レオルドは執務机に肘をつき、葉巻に火をつけると、薄く煙があがり葉巻の香りが漂う。
国でも有数の穀倉地帯だった領地は水害に襲われ、湿地帯が広がり収穫は激減した。投資した物件はことごとく失敗した。
一生豪遊しても使えないと思っていた資産は、損害の支払いに消えた。
娘が王太子に嫁ぐときは、ユーラニア伯爵家に伝わる宝飾品を売って資金を作らねばならないだろう。
葉巻の煙をはいて、椅子に深く身をあずける。
キシ。
椅子の音とは違う音がして、その方向を見るが薄暗い執務室に漂う葉巻の煙でぼやけている。
だが、その銀の髪が見えた途端、レオルドの身体が強張る。
ゆっくり銀髪が動き、レオルドの目はそれを追って動くが、身体は動かすことが出来ない。
そんなはずはない。
ロクサーヌは確かに死んでいて、王都近くの森の中に捨てた。
クスクス、小さな笑い声が聞こえ銀髪が揺らめく。
「西から新しい香辛料を運ぶ船に資金を出すそうね」
レオルドは机の上の書類を慌てて手に取る。
新しい香辛料の話は、船主と出資者だけの秘密で、まだ公にされていない事だ。
レオルドも先ほど契約したが、まだ誰にも話していないことなのだ。
何故、知っている?
お前は殺したはずだ。
レオルドは机にあるペーパーナイフを手に取り、銀の髪の元へ向かう。
最初は一歩出すのがやっとだったのに、3歩めには勢いをつけてペーパーナイフを振りかざした。
「うわぁあ!」
振り降ろしたナイフは宙を斬り、そこには何もなかった。
ペーパーナイフが手から滑り落ち、床に音を立てて転がる。
「何度でも殺してやる」
レオルドから漏れ出る言葉を、廊下の扉からアイリスが聞いていた。
シェルはフードで髪を隠し、這いつくばって部屋から出て来た。
アイリスと目で笑い合う。
「もっと追い詰めてやる」
じわりじわりと・・・
シェルとアイリスは、買収した使用人が開けてある扉から外に出る。
レオルドが出資する船は、マルク・ランボルグ侯爵が作った詐欺話だ。西に新しい香辛料はないし、船は小さな漁船だ。
巨額の損失を出しているレオルドは、今回の商船投資で補填をしようと、領地の一部を担保にして出資金を集めたのだ。
シェルとアイリスが馬車に戻るのと前後して、ギルモンドとグイントが戻って来て懐から袋を取り出した。
「使用人の情報の通りだった」
袋の中には印籠が入っている。
「その印籠で、伯爵位譲渡書類に君が印を押せ」
ギルモンドがシェルの手に袋を握らせる。
その伯爵位譲渡書類の日付は、9年前の聖祭の翌日になっているはずだ。
王家も詐欺まがいのことをするが、ロクサーヌが亡くなった時点で娘のエシェルに継承されるのは当然のことだ。
「アイツから全てを奪ってやる」
シェルは走る馬車の窓から外を見ながら呟く。
それでも、ロクサーヌが戻ってこないことを知っているし、ロクサーヌと暮らしたユーラニア伯爵領での生活より、ランボルグ侯爵領の生活の方がながくなっている。
そして、ロクサーヌとの生活より、アイリス達との生活の方が楽しい自分がいる。
そのシェルをアイリスとギルモンドが黙って見ていた。
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