シェルの護衛
シェルは席に着いて授業の準備をしていた。
呪符の事があってから、護衛が先に教室を点検してある。
相変わらず不愉快な視線が突き刺さる。
そんな中で近づいてきたのは、エシェル・ユーラニア。
「ギルモンド殿下は私の婚約者だということを知らないとは言わせないわ。
恥じらいというものがないの!?」
ああ、3人に送られて教室に来たことを言っているのか、とシェルは考える。
周りの視線は、エシェルを支援するものなのだろう。
「ええ、知りません」
シェルは笑みを浮かべて答えると、カッとなったエシェルが手を振り上げた。
だが、その手が振り降ろされることはなかった。エシェルの腕をクラスメイトの女生徒が掴んでいた。
「ユーラニア伯爵令嬢、ここは教室です。暴力を振おうとしたことは先生に報告させていただきます。
ましてや、こちらは侯爵令嬢なのです」
その女生徒はエシェルの腕を放すと、シェルを守るように間に立った。
「私は王太子妃になるのよ!」
声高にエシェルが言うのを、シェルは笑いをこらえるようにして哀れんだような表情をする。
「ギルに無視されているのに?」
王太子を愛称で呼んだのは、挑発の為である。愛称でなんて呼んだことないし、ギルモンドの愛称がギルかどうかも知らない。
「ギルが私をシェルと呼んでいるのを聞いているでしょう?それが許される間柄だもの。第一、貴女が王太子の婚約者と言っているだけで、ギルの口から言われたことはないわよね?」
貴族の間では、それは公には言えない疑問だった。王妃が公言をしてはいるものの、王と王太子が肯定したことはない。それどころか、王太子は公式の場でも私的な場でもユーラニア伯爵令嬢をエスコートしたことはないのだ。
侮蔑を含んでシェルが言えば、エシェルはバカにされたとさらに苛立った。
その時、授業の始まりで先生が教室に入って来た。
エシェルは席に戻り、教室の殺伐とした空気が緩む。
シェルを庇った女生徒は、去り際に小声でシェルに挨拶をした。
「サリタ・モスリンと申します。父が陛下直属の騎士をしています」
それだけで分かった。
彼女が、ギルモンドが選んだシェルの護衛なのだろう。騎士の父親から、剣術も教わっているに違いない。
朝一番に教室を点検したのも、彼女に違いない。もしかしたら他にも護衛がいるかもしれない。
そうか、学院でシェルと同じ学年の子供を持つ信頼のおける部下を、親子で選抜したために時間がかかっていたのか、と納得する。
周りにはただのクラスメイトだと思わせる方が得策だと、シェルもサリタも分かっている。
授業が終わると、シェルはサリタのところに行く。
「さっきはありがとう。こちらでは知り合いが少なくって、お友達になってくれたら嬉しいわ」
「もちろんよ。でもランチはご一緒できないわ。王太子殿下と一緒なんて畏れ多いから」
サリタが笑顔を浮かべれば、女生徒同士の普通の会話だが、二人は守る者と守られる者の立場である。
その頃、王宮ではランボルグ侯爵が王と謁見していた。
侍従も側近も下げ、二人だけの会議だ。
マルクとアイリスは、王と王太子が味方と分かって一つの安全策を講じたのだ。
「陛下、ユーラニア家の血統はロクサーヌ夫人が亡くなってエシェルただ一人。それを考慮のうえ、お願いがあります。
現在のユーラニア伯爵は、婿として執務するのに有利であるためにユーラニア伯爵と呼称しているだけで、本来のユーラニア伯爵は亡くなったロクサーヌ夫人であります。
そして、ロクサーヌ夫人が亡くなると同時に、それはエシェルが継承すべきものであります」
マルクがそこまで言えば、王は全てを察した。
「表向きは今のままだが、実際の伯爵位はエシェルにしておくということだな」
「はい、承認をお願いしたいと存じます」
「書類だけそうしてしまえば、ユーラニア伯爵邸にいるエシェルが継承したようになってしまうぞ?」
王もそれを考えた事はあるが、本物のエシェルを誰も認めていないという事が問題なのだ。まるで本物なのに乗っ取りのように思われてしまう。
「ロクサーヌ夫人の遺体は、我が領地で大切に保管しております」
マルクが、9年前の遺体を保管という表現をするのを王は訝し気に思うが、続く言葉に納得する。
「夫人の遺体は、不思議なことに9年前のまま変わっておりません。さっきまで生きていたようなのです」
王は驚きのあまり、言葉をすぐには出せなかった。
「教会に預からせるのが、一番よかろう」
それが精一杯だった。
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