ガーウィッグ伯爵邸の庭
その夜、シェルはアイリスと共にルミナスの部屋にいた。
お化粧を施し、ルミナスの手によってドレスを着せられていく。
使用人は全て下げて、3人だけで準備をするのだ。
「少し顔色を悪くしましょう」
ルミナスはシェルの顔に白粉をぬり、銀髪を垂らして影をつくる。
「そっくりだ。さすが親子だね」
ルミナスに化粧されたシェルは、普段は着ないようなデザインのドレスを着ている。
それはロクサーヌが好んで着ていたドレス。
アイリスが言うとおり、シェルはロクサーヌに似た姿に成っていた。
腐らないロクサーヌの遺体はランボルグ侯爵領の教会の霊廟に安置されているので、ロクサーヌの顔を忘れることはない。
シェルの隣に立つアイリスはユーラニア伯爵家の侍女のお仕着せで、シェルの侍女のように寄り添う。
「我が息子ながら、こんなに女装が似合うとは何と言っていいのか」
ルミナスがアイリスの女装の感想を言っている。
「言われて全然嬉しくないアイリスである」
ユーラニア伯爵夫妻は、ガーウィッグ伯爵邸での夜会に出席している。
成長したシェルはロクサーヌに扮して、ガーウィック伯爵邸の庭に忍び込み、暗がりの中でユーラニア伯爵夫妻に見られる予定だ。
アイリスはシェルの護衛として同行するが、不審に思われないように侍女に扮している。
この9年でユーラニア伯爵家の財産状況はかなり悪くなった。領地は災害が続き、広範囲の湿地帯ができて農地が減った。
順調だった投資も失敗が繰り返され、代々蓄積されていた資産は投資の損失で消えた。
伯爵家として体面を保つのが精一杯である。
ロクサーヌを殺してから、全てがうまくいかなくなったとユーラニア伯爵は思っているだろう。
そこに、ロクサーヌらしき姿を見たら、どうでるかを確認するのだ。
もう一度、殺しに来る可能性が高いから、アイリスが護衛につくのである。
「買収したガーウィッグ伯爵家の使用人が、10時に庭にユーラニア伯爵夫妻を連れて来る」
アイリスがシェルに確認をする。
人目を避けて馬車に行けば、その馬車の馭者はマルク・ランボルグ侯爵である。
ずっと練っていた計画を今夜実行するのだ。
誰にも知られないように、マルク、ルミナス、アイリス、シェルの4人だけで遂行する。
馬車は暗闇の街を通り、ガーウィッグ伯爵家の裏門に止まる。ここもすでに買収できていて門は開いているはずだ。
マルクは馬車で待機で、いつでも三人を乗せて逃げられるように準備しておく。
アイリスが先に降りて、門を確認すると静かに扉が動く。
足音を忍ばせて、アイリス、シェルと続いてガーウィッグ伯爵邸に入って行く。
広間の燦燦とした灯りが、暗闇であるはずの庭も照らしている。約束したポイントで隠れてユーラニア伯爵夫妻が来るのを待つ。
「次の商船団の積荷の情報が聞けるらしいんだ。これで損失分を挽回できる」
「確かに人目を避ける必要があるけど、バードン公爵の姿は見えないわ」
偽の情報でつられたユーラニア伯爵夫妻が庭に姿を現した。
あまり近づきすぎても困る、アイリスは二人の姿を確認しながらタイミングを計る。
今だ、とシェルを突けば、バレないように屈んでいたシェルが立ちあがる。
草木の揺れる音で振り向いたユーラニア伯爵夫妻は、薄暗い庭に立つ銀髪の女性が目に入り、言葉も出ないぐらい驚き立ち尽くした。
「レオルド様」
シェルは母ロクサーヌが父を呼んでいたように、ユーラニア伯爵に声かける。
どう? 少し弱めの発音で母は呼んでいた。貴方は何度も聞いていたはずよ。シェルが髪に手を入れすくい下げると、薄明りの庭で銀髪が揺らめく。
「・・・!」
何かを思い出したようなユーラニア伯爵が動く前に、ユーラニア伯爵家のお仕着せを着たアイリスがシェルの手を取り、距離を取って行く。
「ロクサーヌ?」
「あの女のはずないでしょ!」
ユーラニア伯爵夫妻が小声で言い争う隙に、アイリスとシェルは身を屈めて庭を出て行く。
待機していた馬車に飛び乗り、ユーラニア伯爵が追ってきた時には、そこには誰もいなかった。
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