誰の恋心
ランボルグ侯爵邸では、学院から帰ってきたエシェルがアイリスと生徒会役員として持ち帰った仕事をしていた。
ギルモンドとグイントがエシェルの安全の為に、生徒会への出席を許可しないのだ。
「お兄様」
エシェルが仕事の手を止めて、アイリスに呼びかける。
書類から顔を上げたアイリスに、エシェルは溜息をつく。
「相談があるの」
「なんだい?」
「私は自分が奪われた物を取り返す。そして、ランボルグ侯爵令嬢として生きていきたい」
それは何度もアイリスに言った、けれど、今はそれとは違う。
「ギルモンド殿下とグイント公子のことなんだけど」
「ああ、それね。僕も戸惑っている」
アイリスが苦笑いするのを、エシェルは腕を掴む。
「戸惑っている!? その程度? あの二人、おかしいわよ!!」
エシェルの苦情は続く。
「バカだよね!? 9年前に一時出会っただけの私が、殿下の好みに育っているなんてありえないんだから、すぐにこんなはずじゃない、とか言うに決まっている!」
こういう状態のエシェルに逆らうべきでないと知っているアイリスは、黙って聞いている。
アイリスだって思うのだ。
『邪教』
その脅威は自分達には想像もつかないことで、聖獣がいるなら、他の何かもいるかもしれない。
エシェルは巫女だから、守らないといけないのは分かっている。他人にそれと知られずに側にいて警護する理由が・・!
王太子がエシェルの側に居たいから。
グイントにいたっては、エシェルの兄の側にいたいから。
おかしいだろ?
グイントもエシェルの側に居たいからでいいだろう。王太子に尊徳したのか?
男の僕に懸想している振りは無茶だろう。
生徒会役員で1年間一緒にいることも多かったが、そんな素振りは・・・
「お兄様?」
返事のないアイリスをエシェルが覗き込む。アイリスが慌てて顔をそらすが、エシェルには表情を見られていたようだ。
「お兄様、顔が真っ赤}
「考えていただけだよ。エシェルの言おうとおり、あの二人は、おかしいよ。
今は大きな敵の存在に先走っているだけで、落ち着いたら、一時の気の迷い、って言うに決まっている」
今度はエシェルが黙って聞いている。ギルモンドの話をしていたのに、いつの間にかグイントの話になっている。
グイントが積極的なんだろうと察しはつくが、アイリスも悩んでいるということだ。
「アイリスは、学院にいる令嬢より綺麗だと思う。努力家だし、お料理は上手いし、お嫁さんにほしいぐらいよ。グイント様の気持ちはわからないけど、アイリスならご令嬢にも人気があるでしょう?」
エシェルにアイリスがコツンと額を合わす。
「ありがとう、エシェル」
「自慢の兄ですからね!」
ふふふ、とエシェルが笑えば、アイリスもつられる。
「だいたいね、他の女と婚約した時点で気持ちは覚めてるっての!」
「殿下は、エシェル・ユーラニア伯爵令嬢と婚約したのであって、あの令嬢とではない」
アイリスがギルモンドを庇うように言えば、エシェルの怒りに油を注いだようだ。
「彼女がエシェル・ユーラニアと名乗っているのを分かっていながら、婚約を続けたのよ」
ギルモンドがずっとエシェルを探して地方をまわっていたと聞いた時は嬉しかった。だけど、現実に彼女がギルモンドの婚約者と思われていて、それを認めていたのだ。
「殿下は、エシェルと母君の生死がわからない状態で、ユーラニア伯爵を刺激することはできなかったんだよ。それにユーラニア伯爵家を見張る為でもあったはずだ」
「どうして、アイリスがギルモンド様を庇うのよ」
「僕が殿下の立場だったら、同じことをするからだよ。エシェルを探すためにはどんなことでもするよ」
エシェルはそっぽを向くと、呟いた。
「そんな想いで9年も探したのが、こんな風になっていて、ガッカリしているかもしれない」
嫌いにならないで欲しいと思っている時点で、気持ちが傾いていることにエシェルは気がついていない。
「きっとさ、エシェルが思っていた以上に綺麗になっていて、殿下は焦っているよ。それは保証する」
エシェルは復讐のことでいっぱいだから、殿下頑張ってください。
アイリスは、自分がグラントに迫られて不信でいっぱいのくせに、ギルモンドのことは応援するのだ。
切羽詰まったエシェル・ユーラニアの恋心。始まっているかも怪しいエシェル・ランボルグの恋。対照的な二人のエシェルの恋も対照的です。
読んでいただき、ありがとうございました。