エシェルの陽動
ランボルグ侯爵令嬢、入学してすぐに話題の人物となった。
兄は儚げで、妹は銀髪が煌めき、似てないが美貌の兄妹と知れわたった。
兄のアイリスは1年前から生徒会役員であったが、これほど目立ちはしなかった。本人が目立たないように立ちまわっていてせいであるが、急に顔が変わったわけでもない。
妹が入学してきたことで、表情が豊かになったのだ。
昼休みには兄が迎えに来て、グイント・シェイドラ公子が合流している。
何より、王太子がランボルグ侯爵令嬢に抱きついた目撃者が多数いるのだ。現在の婚約者であるエシェル・ユーラニア伯爵令嬢にはエスコートさえしない王太子が、手を取るどころか抱きついたのだ。
ユーラニア伯爵家に以前のような権勢はない。領地の生産力は落ちていて、投資も失敗が続いている。
反対にランボルグ侯爵家は頭角を現してきた家である。領地は安定しており、貿易を中心とした事業が大きな成績をあげている。
爵位も家力も、ユーラニア伯爵家よりランボルグ侯爵家の方が上ならば、王太子の婚約者が代わるのではという噂はすぐに広まった。
だが、それもフランクには面白くない。
フランクが睨むから、クラスではその噂をする者はいない。同じクラスに、二人のエシェルがいるのでなおさらだ。
入学式の日に馬車寄せで、父親のレオルド・ユーラニア伯爵と会ったが娘のエシェルと気づかれることはなかった。
殺して忘れてしまっているのが、腹立たしい。
生きているかもしれない、と不安をもたれないといけないのだ。
レオルドが愛人を妻だとしていることで認知されているなら、それが愛人だと証言させるのが1番なのだ。
エシェルは、エシェル・ユーラニアに神経を集中する。王と王太子が味方とわかった今、レオルドを追い詰めるには、エシェル・ユーラニアを使うのがいい。
私と母が毒を飲まされ、森に捨てられた時、温かいベッドで寝ていたのでしょうね。
私の名前を与えられたということも知らないのでしょう。
この9年、どうやって復讐しようか考え続けてきた。その時がやっときた。
授業が終わるとエシェルは席を立ち、エシェル・ユーラニアの席に向かう。
「お話するのは、初めてですわね。エシェル・ランボルグです」
クラス中の視線が集まっているのを感じながら、エシェルはさらにフランクの視線があるのを確認する。
彼なら思い込みで簡単に間違って認識してくれるだろう。
「クラスに同じ名前があるのは間違いが起こりやすいので、私のことはシェルと呼んでくださいな。
私は生まれた時からの名前のエシェルがいいのですが、愛称で呼ぶと言われたので・・」
途中で止めれば、聞いている者は都合よく想像するものだ。
きっと、王太子が付けたと思うだろう。
「それは・・」
エシェル・ユーラニアが分かりやすく顔色を悪くして、席からたちあがる椅子の音に合わせて、エシェルが周りには聞かれないようにエシェル・ユーラニアに言う。
「私は生まれた時からずっとエシェルよ」
再度強調され、エシェル・ユーラニアは違うと言われたと、エシェル・ユーラニアは思った。
「どういう事!?」
思わず声を荒げたエシェル・ユーラニアの動きに合わせて、エシェルは倒れ込んだ。
ガタン、ガタン!机と椅子が大きな音をたてる。
銀色の髪が宙を舞って、エシェルが床に倒れる。
「きゃあああ!」
クラスメイトの悲鳴が上がり、遠巻きに見ていた生徒達が駆けよって来る。
その中には、フランクもいる。
「エシェル嬢、なんてことをするんだ! 愛称で呼ばれるのが羨ましいのか!」
フランクはエシェル・ユーラニアが危害を加えたと決めつけて、エシェル・ユーラニアを罵倒する。
「王太子の婚約者なら何をしても許されると思っているから、兄上に嫌われるんだ!」
救護室に運ぶと言ってフランクがエシェルを抱き上げようとする。
エシェルは、ランボルグ侯爵夫妻が苦情の為にユーラニア伯爵家を訪れるキッカケを作ったのだが、フランクは予想以上の働きをしてくれた。
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