もう一人のエシェル
エシェル・ユーラニアは料理人に作らせた昼食を持って、王族のサロンに行くと、そこに居たのはフランクだけだった。正しくは、フランクと王宮から連れて来た従者である。
「何用か?」
明らかに機嫌が悪いフランクが食事の手を止めて、エシェルを見る。
「ギルモンド様とご一緒に昼食にしようと用意をしてきました」
学院に通うようになれば、疎遠だった婚約者と同じ時間を過ごせると楽しみにしていたのだ。
「は!」
フランクが口元を押さえて笑い出した。
「兄上が、エシェル嬢からの差し入れを口にしたことがあるか?」
受け取らないだけでなく、王妃経由で渡された物さえ捨てていたのを知っている。
「生徒会役員に立候補したんだって? 生徒会役員は王族と成績上位者は推薦されるんだけど、生徒会からの招待はなかったの?」
それがないから立候補したと分かっていて、フランクが話を振ってくる。
王太子の婚約者ということで王族のサロンを使うことはできるが、エシェルは入学式でグイントに言われた言葉が忘れられない。
『王太子の婚約者だとしても、王家の馬車でない限りはルールを守って欲しい』
王家からの迎えもないのに王族と高位貴族の馬車寄せは使うな、と言われた初登校。
「ギルモンド様がいらっしゃらないのなら、伯爵家の私がこの部屋にいることはできませんわ。失礼させていただきます」
「ふーん」
フランクも気の抜けたような返事をして、すでに興味を無くしている。
クラスメイトであり、兄の婚約者なのだから引き留めてもおかしくないが、フランクにその気持ちはない。
グイントがアイリスとエシェル・ランボルグを連れて出て行ったせいで、フランクは面目丸つぶれで機嫌は最低だったところに、エシェル・ユーラニアが来たのだった。八つ当たりだと分かっていても、嫌味を言ったことを訂正するつもりはない。
サロンから出て扉を閉めると、エシェルは俯いた。
悔しくって、哀しくって涙が止まらない。
「ふ・・」
他人に気づかれないように、声を抑えても嗚咽が止まらない。
人目を避けて足早に立ち去ると、校庭の片隅にあるベンチに向かう。
花の時期が終わっている藤棚の下に来る者はいない。
誰もいないベンチに座り、ゆっくりとランチボックスを開く。
ギルモンドと約束をしていたわけではないが、学院では婚約者は一緒に昼食をとると聞いていた。
王妃からギルモンドの好みを聞いて、ユーラニア伯爵家の料理人に昼食を用意させた。
肉を挟んでボリュームのあるバンズ。両手に持って齧れば、胡椒の風味と肉汁が口中に広がる。
「美味しい」
美味しいけど、涙がまた流れてしまう。
「一緒に食事をしたかっただけなのに、どうして上手くいかないんだろう?
私が婚約者なのに」
もう一口齧って、咀嚼する。
「こんなんで結婚して、王太子妃としてやっていけるの?
私を嫌わないで」
誰もいないから、声に出すことができる。心に溜まった惨めな想い。
「どうしたら、好きになってくれるの?」
それでも、ギルモンドに会いたいと想う。側にいたいと想う。
涙を拭いて教室に戻れば、エシェル・ランボルグがアイリスとグイントに送られて戻って来た。
一人で昼食を食べた自分と、同じ名前のもう一人を比べてしまう。
しかも、エシェル・ランボルグは主席で入学して生徒会役員に誘われている。入学式の前に王太子が抱きついていたと噂がある。
悔しい。
エシェル・ユーラニアは背筋を伸ばして席に着く。せめて矜持だけは守りたい。
読んでいただき、ありがとうございました。