ユーラニア伯爵夫人への懐疑
王都の屋敷から、アイリスとエシェルは同じ馬車で通学する。
同じ生徒会役員なので帰りも一緒である。
高位貴族の馬車寄せに、ランボルグ侯爵家の馬車が着くと、待っていたのはグイントである。
公爵令息が、侯爵家の馬車を待つなど目立ちすぎる。
ランボルグ侯爵家の馬車から、アイリスが降りて手を差し出すと、その手に手を添えたエシェルが降りてくる。
「やぁ、おはよう。 美しい光景だね。これが毎朝見られるとなると、見物人が増えるな」
絵に残すべきだと言いながら、グイントが近づいてきて、アイリスの肩を抱く。
「何するんで・・」
叫びかけたアイリスは、グイントの目配せで口を閉じる。
グイントは、アイリスとエシェルにだけ聞こえるように囁いて歩きだす。
「昨夜、僕と父が陛下に緊急招集された。僕は話を聞いていたが、父は初めて聞く話と深刻さに頭を抱えていたよ。
それで、ギルモンドか僕が、君達を危険から守る為に常に側に付くことになった。」
さらに身を寄せるグイントにアイリスは眉をひそめるが、王まで話がいっているとなると退けることもできない。
「それで、君達の側にいて不自然でないように、ギルモンドはエシェル嬢に一目惚れしたことになった。振りでもない、そのままだよね」
クスッとグイントは息を吐く。
「それで僕だが」
グイントはそこで一旦、間を空けてアイリスを見る。
「君だよ」
「え?」
アイリスもエシェルも、グイントの言葉に理解が追いつかない。
「僕がアイリスちゃんを気になって仕方ない、ってことで側をうろつく」
叫ぼうとしたアイリスの口をグイントが手で押さえる。
「いいか? アイリスは出来るだけエシェル嬢と一緒にいろ。そのために剣技を磨いたのだろう?
王家からも密かに精鋭が付く。ギルモンドは午前中はその選抜のために学院には来られない」
グイントの言いたいことは分かるが、ユーラニア伯爵が危険でも王家の精鋭は大げさではないかとアイリスは思う。
「昨夜、陛下は言われた。
ユーラニア伯爵夫人は、邪教と関係がある」
アイリスとエシェルは思ってもいなかった事に言葉をなくした。
「さあ、エシェル嬢の教室に着いた。休み時間はアイリスが来るだろうから、一人で動かないようにね」
エシェルを教室まで送ると、手を振ってグイントはアイリスの肩を抱いたまま歩き出す。
教室では、その様子を固唾をのんで見ているギャラリー達ばかりだ。
「令嬢避けに僕を使っているんですね。質が悪い」
生徒会役員として1年間一緒に過ごしたのだ。アイリスにも事情が分かっている。
婚約者のいない公爵子息、女生徒のアプローチが目に余るものさえあった。それを排除する時間と労力は、グイントにとって無駄で苛立つものだった。
エシェルの側に居る不自然でない理由を作るにあたって、グイントがアイリスを利用しようとしたのだろう。女性に興味がないと思わせれば、グイントに都合がいいのだ。
「アイリスちゃんを気に入っているのを信じてくれないのかい?」
グイントが片眉をあげて、心外だとばかりに言う。
「公爵家嫡子には家系を継ぐ子供が必要ですから、令嬢達も諦めないと思いますよ。エシェルの安全の為に協力しますが、それだけです」
アイリスは、王の言う邪教のことはよく知らない。
古の時代に、生け贄を捧げる邪教があったことは歴史の中で学んだ。邪教徒を弾圧し、集会を消滅させることで無くなったはずだ。
それが、密かに続いていたのか、復活したのかはわからないが秘密結社となっているのなら、ユーラニア伯爵夫人は、エシェルを邪教の力を使って排除にくるだろう。
邪教の存在は、ユーラニア伯爵夫人を調べていなければ見つけられなかったに違いない。
それが、聖獣がロクサーヌを助けなかった理由だろうか?
国家として邪教の存在を許すことは出来ない、それは絶対だ。アイリスにもそれは分かる。
王は、エシェルを守るとともに、邪教の壊滅も考えているのだろう。
だから、王もグイントの父親であるシェイドラ公爵も、グイントの無茶な案を容認したに違いない。
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